週6でバイト、オーディション不合格…苦悩の下積み時代

 しかし、事務所のオーディションは不合格。「身体を絞ること」と「標準語をきちんと話せること」という課題を出されて、1年後に再受験することに。この間、高校に通いながら、上京資金を貯めるためにバイトに精を出す。蕎麦屋と寿司屋を掛け持ちで週6日。熱が出ても、ケガをしても休まず、休日は10時間働いた。引っ込み思案でおとなしい性格だという有村だが、根性は人一倍だった。

 1年後、自分から事務所に電話して再受験を催促し、再び面接を受けて合格。高2のときにようやく所属が決まった。この間、支えてくれていたのは母だった。何があってもバイトを休まなかったのは、姉妹を育てるため懸命に働く母の背中を見ていたから。オーディションに落ちて泣いていたときは、「あんたがそんなんでどうすんの!」と叱り飛ばされた。

「母親がいて本当によかったなって思ったんです。今も母親の存在は支えになってますし、少しずつ守っていきたいって思うようにもなった。支えられるところは支えたい。そう思うことが、私のお仕事への原動力になってます」(モデルプレス 2015年4月26日)

「役者辞めちまえ」と叱咤されたことも

 事務所に所属が決まり、芸能活動をスタートさせたが、すぐに上手くいくほど甘い世界ではなかった。オーディションは連戦連敗。毎回緊張で吐きそうになり、地元から新幹線で東京に向かう時間が苦痛で仕方がなかった。

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 高校3年のときに上京したものの、状況は変わらなかった。「自分の言葉で話すことがほとんどできなくて」「相手に本心を伝えることが苦手」だった(タウンワークマガジン 2016年3月17日)。まわりの大人たちとどう会話したらいいかわからず、何回も心が折れていた。この頃つけていた日記には、しんどいことばかりが綴られていたという。

 オーディションの場でどうしても自分を出すことができず、19歳の頃には担当マネージャーに「このままだったら終わるよ」「役者辞めちまえ」と叱咤されている(『日曜日の初耳学』同前)。感情を引き出すため、女性カメラマンと同居生活を送ったこともあった。それでも自分も芝居もなかなか変わらない。「向いていないのかな」と思ったこともあったが、20歳になったときに覚悟を決めた。

「この節目をきっかけに変わることができないんだったら、もうこの仕事をやめた方がいい」(PINTSCOPE 2018年11月29日)

 そんなとき、ついにブレイクのきっかけをつかむ。朝ドラ『あまちゃん』(2013年/NHK)との出会いである。