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「想像することをやめることってできるのでしょうか?」 

―― 今作はどこからやってきたのでしょう? どんな状況で描いたのですか。

近藤亜樹, 記憶の湖, 2018, acrylic on paper, 38x27cm

 過去と未来の記憶が、今と混ざって現れました。妊娠中の大きく膨らんだお腹を抱えながら地べたに座って描きました。

 お腹の中に人間が入っていて、肉体的にも体力的にも違うので長時間は描けませんでしたが、感情は激しく動いていましたし、いつもより描ける量が少ないので、一枚ずつが大きく重く感じられました。

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―― 描いているときはどんな思い、考え、言葉が頭の中にあったのですか。

 基本的に私は、描いているときのことは覚えていません。頭で考えるというよりは、感じているんです。描くことは私にとって、日常そのものです。

―― 出産という出来事を抱え、現実が激しく動いていた時期でも、想像力はじゅうぶん駆動するものなのですか。

 想像は、作品をつくること以前に誰もがしている、人間にとってなくてはならない能力ではないでしょうか? どんな状況下でも、想像がなくなった体験はないです。

 もちろん大災害やお産もそうですが、想像してたのと全然違う! ということもたくさんあります。だからといって想像することをやめることってできるのでしょうか? 想像力は勝手に湧いてくるものだと私は思います。

赤ん坊の産声のように、空に響き渡るような声で絵を描きたい

―― 描くことによって到達したい目的地、見たい世界のようなものはあるのでしょうか。

近藤亜樹, 森の子, 2018, acrylic on paper, 54x38cm

 心がぐにゃっと掴まれるくらいグッとくる絵に出会いたい。そう毎日思って描いています。

 私は今年に入り結婚し、妊娠していることがわかり、愛する夫は入籍の2週間後、単身行ったインドで突然死してしまいました。

 二つの命の重さの意味を感じずにはいられませんし、また自分の生死についても深刻に考えました。

 世界が180度かわり、正直どこに希望を持っていけばいいのかわからない悲しみに、毎日泣いて過ごしましたが、数ヶ月経って微かに感じはじめた胎動に、生きる勇気をもらいました。

 そして生まれてくること、生まれてきたこと、生まれてきたからこそ見ることのできた世界、すべてがあるから今があると実感します。

 十月十日にわたって人間を胎内で育てること、愛するひととの出会い、いつかは訪れる死、命がけで母が子を産み落とすこと、そして生まれてきた世界で体験するたくさんの奇跡、すべてが私の今なんです。

近藤亜樹, あなたを呼ぶ笛, 2018, acrylic on paper, 27x38cm

 今を生きることがどういうことか考えたとき、やっぱり私にとって今を記憶する絵が、私個人としてのいちばんリアルなものだった。想像も現実も、それぞれの重さを持っているんだと思います。

 だから赤ん坊の産声のように、空に響き渡るような声で絵を描きたい、今思うのは、ただそれだけです。