親しくしていた友だちが次々にいなくなってしまうのは、たしかに寂しく悲しいことではあります。でも、生き残っている側は、そのつらさを乗り越えざるを得ないのだと思います。母は、父が大声で嘆くと、部屋の隅に行って私に向かい小声で、
「でも、しょうがないじゃない。人はいずれ死ぬんだから」
みごとに達観しておりました。
そのとき思いついたのです。
友だちが同世代の人ばかりだから、親しい人を一気に失うことになるのではないか。もっといろいろな世代の友だちをたくさん作っておけば、「みんな、死んだ。全員、死んだ」と嘆かなくてもすむのではないかしら。父の嘆く声を聞きながら、思ったことを覚えています。
まったくのシロウトがテレビ出演
そんなことを思いついたから意識して、というわけでもありませんが、ありがたいことに私には幅広い世代に友だちがけっこうたくさんいます。
その理由の一つは、仕事を始めた年齢が遅かったからかもしれません。専業主婦になることを目指してひたすらお見合いに明け暮れていた二十代の終わりに、突如、故あってテレビの情報番組のアシスタントを務めることになりました。
あと一カ月で三十歳だというのに、まったくのシロウトです。シロウトの私を親身になって支えてくれるディレクター君やアシスタントディレクター君(当時は圧倒的に男性が多かった)は、だいたい私より五歳から十歳ほど歳下でした。
「ええ、わかんないよぉ」
泣きつくと、
「大丈夫、大丈夫。俺がちゃんと合図出すから」
まるでお兄さんのように親切に教えてくれます。
少しずつ仕事に慣れてくると、今度はディレクター君たちと外へ取材に行けと言われるようになります。
「どうしよう? うまくインタビューできるかなあ」
「うん、またボスに叱られちゃうかもねえ」
当時の番組のボス、秋元秀雄さんは、たいそう怖い人でした。取材してきた内容が気に入らないと、
「これで取材してきたつもりか! 子どもの使いじゃあるまいし!」
狭いスタッフ室で怒声を上げます。