財閥系の御曹司のやりたい放題。特に、選手時代は英雄だったホン・ミョンボの不当なA代表監督選出は、韓国のZ世代が最も嫌う「不公平」な判断だった。国民の応援熱が冷めた理由は、まずKFAへの強烈な不信感にあるのだ。

「韓国サッカーは三流に成り下がった」——国内トップのサッカー解説者シン・ムンソン氏(2026年4月24日 韓国内の有名サッカーYouTubeチャンネルにて)

日韓W杯の“ベスト4”は衝撃的だったが…

 一方で、チーム力が相対的に下がっているのも確かだ。2002年日韓W杯のベスト4は、当時のサッカー界に衝撃を与えた。原動力となったオランダ人監督フース・ヒディンクは、当時韓国に根強く残っていた年齢による上下関係を排除し「チームへの貢献度のみ」を選手選抜の基準にした。ここに大会直前にピークを持ってくる絶妙なコンディショニングをかけ合わせ、得た結果だった。

2002年日韓W杯での韓国代表 ©JMPA

 しかし24年後の今、その遺産はもう使い果たされている。

ADVERTISEMENT

“対極”とも言えるスペインサッカーと提携

 元々「エリート主義で育った力強い選手たちが、フィジカルやスピード、精神力を生かして相手に挑む」というのが韓国サッカーの特性だった。ところが、2010年にKFAはその対極ともいえる、スペインサッカー協会と相互協力提携を結んだ。

「この頃からティキタカと呼ばれる、ショートパスをとにかく繋いで前に進む、というスペインスタイルこそが絶対的という考え方が支配的になったのです」(韓国のサッカー解説者キム・テリュン氏)

 だがここに、政府の方針転換が加わり“混乱”に拍車がかかった。育成の基盤となる全国の学校サッカー部に対し「授業にしっかり参加しない学生は、部活動への参加を認めない」という通告をした。

 結果、「かつては授業を休んで一日3度の練習も行えていたのが、基本的には一部練習制へと変わった。あるいは今の選手たちは、授業のために練習ができない日もあるくらいです。質を得るための量すらこなせていない状況です」(同前)

 かつての韓国アスリートたちは「運動ばかりして勉強はほとんどやらない」という状況だった。そのために引退後のキャリアメイキングに苦慮する選手が多く、問題点を指摘されてきた。人気スポーツのサッカーは他競技に先駆け、いち早くこの改革に取り組んだのだった。