新感覚捕物帳、泣きたいときの長屋ものから、レシピ付料理人小説に、終わらない長大シリーズまで。
 文庫書下ろし時代小説の多彩な魅力を、本の達人たちが語る語る!

 広大な書下ろし文庫の森に迷い込んだ読者諸賢のための、道案内となる座談会をお届けします。

細谷正充さん
 文芸評論家(もと書店員)
 アンソロジストとしても活躍

野沢香代さん
 タロー書房
 時代小説の文庫担当

昼間匠さん
 NICリテールズ(株)
 商品本部 書籍仕入部

◆◆◆

ADVERTISEMENT

「俺、これ買ったっけ」

細谷 最近は書店で、時代小説の棚が独立している所が増えました。単行本とともにかなりの割合を占めているのが「文庫書下ろし時代小説」です。巻数の長いシリーズも多く、どこから入っていいのか迷っている人に向けて今日は書店員のお二人と、楽しい小説をたくさん紹介できればと思います。

昼間 私は二〇〇〇年入社ですが、現在はバイヤーをしております。現場の肌感覚では、二〇〇五年ぐらいから文庫書下ろし小説が時代小説の平台のメジャーになってきて、今では文庫書下ろしがないと売り場に並べる量を維持できません。一つのカルチャー、ジャンルが確立された、という実感はありますね。

野沢 私は日々、レジを打ったり接客をしたりしています。うちは日本橋という場所柄もあってご年配の方、サラリーマンのお客さんが中心ですけれども、タイトルを正確に覚えていないお客様もいらっしゃいます。なんとなく主人公の名前を言われて、シリーズの何巻目かも分からず、探しまわることもたびたびです。

「俺、これ買ったっけ」とおっしゃる方も(笑)。

細谷 その気持ちは大変よく分かります。

野沢 その方はいつも漏れなく新刊を買っていらっしゃるので、「先月刊なので、買っていらっしゃいます。大丈夫です」と安心していただきます。

 定期的に次の巻が出るものは、お客さんもちゃんと待っていて下さるんです。店にいらして「そろそろよね」って。

 でもそれが崩れてくると「あれ?」となって、あまりに次が出ないとファンの方も不安になって離れてしまう、ということもありますね。

細谷正充氏

最先端の今村翔吾、そして一大ジャンル「剣豪もの」

細谷 代表的な分野として「一、文庫書下ろし時代小説の最先端」「二、剣豪もの」「三、市井もの」「四、捕物帳」「五、料理もの」に分けられると思います。

 近年、歴史小説だけでなく、文庫書下ろし時代小説も牽引しているのは今村翔吾さん。今年『イクサガミ』の第四巻が出て、見事に完結しました。もともと僕は伝奇小説から時代小説に入った人間で、興趣に富んだ筋立て、チャンバラ、宝探し……そういうのが大好き。『イクサガミ』は、伝奇小説が現代的にアップデートされていて、その手法の肝がデスゲーム。明治が舞台で、京都から東京まで、剣技はじめ色々な技を持つ人たちが、旅をしながらひたすら殺し合う。ここには、今の若い読者に時代エンターテインメントの面白さを知って欲しいという、作者の考えがあると思います。

昼間 『イクサガミ』は映像化もされているし、人気漫画家を起用した装丁なので、普段は時代小説の売り場にこないような、若いお客さんが結構手に取っている。我々が読み始めた入口とは違う入口から入る人が居るので、そういう意味で凄くチャンスがある。

 昔は、書下ろし時代小説って「おじさんのハーレクインかな」とか思っていたのですが……。

細谷 その感じ方はわかります(笑)。歴史時代小説は年配の人のものだというイメージが強いですが、昭和五十年代くらいまでは、若者も当り前のように読んでいたんです。少し歴史的なことを言いますと、文庫書下ろし時代小説で売れるようになった最初期の作家は峰隆一郎さんです。『人斬り弥介』などの剣豪小説がものすごく売れまして、後を継ぐように、佐伯泰英さん、鳥羽亮さん、藤原緋沙子さん達が出てきて、ジャンルが定着していく。

 佐伯泰英さんはこの二〇年ずっと文庫書下ろし時代小説のトップランナーです。最初は『密命』で剣豪小説でしたがシリーズが進むにつれて、家族とか、主人公を中心にしたコミュニティが形成されていく。実はそれがシリーズものの大きな魅力で、池波正太郎さんの『鬼平犯科帳』も、平岩弓枝さんの『御宿かわせみ』もそう。佐伯さんは多分ある時期からそれをすごく意識して書いている。最近の作品で言うと『助太刀稼業』ですが、主人公が脱藩して、江戸に出てという佐伯さんの好きなパターン。面白いのが、脱藩した主人公に、藩の殿さまの三男坊がフラフラとひっついてきて、これがいい味になっている。道場破りみたいな場面もあるし、江戸に出たら助太刀稼業で色々な事件にかかわるのですけれども、市井で暮らしていくほのぼのとした感じもある。

野沢 佐伯先生の新刊は本当に待たれ、買われています。

細谷 佐伯さんのすごいところは、途中から読んでも常に主人公がどういう人でどんな立ち位置にあるかが、わかるようになっていること。例えば『酔いどれ小籐次』ではどの巻でも、小籐次の周りの町人とかが「俺は知ってるぜ、あれは天下一の武芸者、有名な酔いどれ様だ」なんて言う。毎回毎回親切すぎるほど書いてくれるから……。

昼間 どこから読んでも、読者に負荷をかけない書き方が徹底されてる。

細谷 いかに読者が物語世界にすっと入れるかをものすごく考えているんですよね。