「人間は向上心がないといけない」

 父や母は姉を「問題ない」としていましたが、高校生の私からすると、一体何が本当なのかわかりませんでした。友達と遊んで笑っていても、やっぱり心の底からは笑えない。私だけ別の次元にいるような、ベールがかかっているような感じでした。実際に生活していても現実感があまりなく、そんな自分が他人から変に思われてはいけないとも思う。だから、その場に合わせてやり過ごす。家のことを話せないフラストレーションが溜まっていきました。

 当時の姉の状態を思い起こさせるエピソードがいくつかあります。

 まず、テレビから実際の音声以外の声が聴こえてしまうようでした。私がテレビをつけていると「うるさいから消して」と頼まれました。

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©2024動画工房ぞうしま

 また、私の大学受験前後の時期のことですが、「人間は向上心がないといけない」という趣旨のことをよく口にしていました。そのことを通いのお手伝いさんにも言っていて、「自分ができなかった、やり残したことはないか」と尋ねていました。お手伝いさんは「自転車に乗れないので、乗ってみたい」と答えた。姉はその言葉を聞いて、「じゃあ、乗れるようになりましょう」と。

 その後すぐ、お手伝いさんは大型の三輪車に乗って買い物に出かけるようになりました。それを姉は我が事のように喜んでいましたが、ほどなくお手伝いさんはバランスを崩して自転車を横転させ、怪我をしてしまいました。

 姉はお手伝いさんを“向上”させたことが嬉しかった様子でしたが、私には違和感が残りました。「人間の向上」という硬質な言葉は、父にも似たような物言いがあったから親譲りのものかもしれない。父はやたらと自宅の壁に「◯◯しましょう」などという生活目標を貼っていて、努力すれば人間は何とでもなると考える精神主義者でしたから。姉によるお手伝いさんへの「向上心」の強要にも、こうした父の影響があると思います。でも私は親の口真似以上の響きを感じていました。

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 時期が前後しますが、お手伝いさんとの出来事といえばこんなこともありました。私が大学受験に失敗した後のことです。

 お手伝いさんには高校受験に合格したご家族がいらした。夕食どきだったでしょうか、キッチンでお手伝いさんを姉が難詰した。要約すると、私が受験に落ちて自分の家族が受かったのが嬉しいんだろうという話でした。傍で聞くのも辛いくらいに責めて、お手伝いさんは泣いてしまいました。この事があってから、両親はお手伝いさんに退いてもらうことにしたんです。

 次第に、姉の変調は家庭の中だけでは収まらなくなり、医学部内でも知られるようになったことがどこからか伝わってきました。

 毎日のように何かが起きる中、私はこの状況から逃れたかった。ワーッと頭だけが回り、自分が崖っぷちにいるような気がしました。

どうすればよかったか?

藤野 知明

文藝春秋

2026年1月29日 発売

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