10歳でアメリカに渡り、研究職などを経て、自身の会社「Aya's Culture Kitchen」を立ち上げて納豆の製造販売を行っているRowe綾花さん(32)。
27歳年上のアメリカ人の夫とボストンで暮らしている彼女に、日本での幼少期、10歳で渡米した理由、アメリカで受けたカルチャーショックなどについて、話を聞いた。(全5回の1回目/2回目に続く)
◆◆◆
夫と夫の前妻との子ども3人、猫3匹と暮らす生活
――生活も仕事も、拠点はボストンになるのですか?
Rowe綾花さん(以下、綾花) ボストンです。ただ年に2回、春と秋に1~2カ月ずつ日本に帰ってきているので、2拠点生活とも言えなくはないんですが、ほとんどボストンにいますね。日本にいるときは、夫がもともと留学していた縁で中央区に家を持っているので、そちらに滞在しています。
――家族構成は。
綾花 夫と夫の前妻との子ども3人、それから猫です(笑)。5人と3匹で暮らしています。子どもたちはもうかなり大きくなっていて、他の州で仕事をしていたり、大学に行っていたり、留学していたりと、出入りが激しい状態ですね。
夫はCICというスタートアップ向けのイノベーションスペースの会長をしていて、ボストンだけでなく世界中に拠点があるんです。私も納豆工場をスタッフに任せて、夫の出張に同行して色々な国を訪れることがあります。
父の浮気で両親が離婚、母親は新しい恋人を作り…
――日本で生まれ育った場所は。
綾花 神奈川県の秦野市鶴巻です。小田急線沿いのエリアで、10歳までそこで暮らしていました。私の両親と祖父母の二世帯住宅で、サラリーマンのおじいちゃんと専業主婦のおばあちゃんがいて、お父さんは土木系の仕事をしていて。ごく普通の家庭でしたね、最初は。
――何があったのでしょうか。
綾花 8歳ぐらいまでは普通だったんですよ。その後、両親が離婚して、それからはちょっとゴタゴタし始めました。
離婚の原因は父の浮気だったんじゃないですかね。離婚後は母が新しい恋人を作ったりしながら、基本的には鶴巻を拠点に、いろいろなところに引っ越したりして。
当時の私は8歳とかだったので、母親が言っていることは全部正しいものだと思っていたんですよね。親の新しい彼氏を紹介されても「あ、そうなんだ」みたいな(笑)。あまりに幼くて、状況を深く理解していなかったんでしょうね。

