――ある時期の記憶がぽっかり抜けている感じですか。

古谷 部分的に所々なくなっている感じです。どうってことない記憶よりも、旅行であったり、イベントであったり、自分の中で印象に残っていたはずの記憶の方がなくなっているんです。

 そういう時っていっぱい写真を撮るじゃないですか。スマホの中に写真が残っていたりするんですけど、そういう写真を見ると「この人とここに行ったのか。その記憶がなくなっているんだな」と分かります。ただ生活する上で困っていないので「忘れちゃってるんだな」みたいな感じで今は思っていますね。

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「生きたいと思いました」入院生活で支えになったものは

――大変な入院生活で支えになったものはありましたか。

古谷 なんだろう。生きたいと思いました。特に希望もなかったんですけど、絶対治すぞという思いは強く持ってましたね。あと、変に眉毛を抜いたりしてました。

――眉毛を抜く?

古谷 そんな状態なのに、見ためは綺麗にしておきたいという、ちょっとしたモチベーションはあったんです。あとは「髪を洗えて綺麗になった」「お風呂に入れて気持ちいいな」「お見舞いに来てくれた人が持ってきてくれたお菓子が美味しいな」とか。そういうちょっとした幸せ、普通に生きてたら感じないようなものに幸せを感じられるようになっていて、それも支えだったかもしれないです。

 それに家族ですね。自分のためにというより、家族を悲しませたくないから、元気にならないとみたいな気持ちはあったと思います。

©佐藤亘/文藝春秋

――トータルで入院期間はどのくらいなんですか。

古谷 半年ちょっとでした。入院当初はポジティブだったんですけど、だんだんネガティブになってきちゃって。

 閉じ込められてる状態ですし、お医者さんに日記をつけるよう言われていたんですけど、最初は「今日はこれできた」「誰々さんに会えた」と書いていたんですが、だんだん「ここから出たい」となって。最後はなんとかいろんな条件付きで退院させてもらいました。

©佐藤亘/文藝春秋

退院してから「声優という仕事をリセットしよう」と思うまで

――退院の際は安堵されたんじゃないですか。

古谷 うーん、すがすがしい気持ちではなくて。うまく社会復帰できるのかという心配もあったので。退院時はまだ普通に歩けず、ペンギンさんみたいな感じにトコトコトコという歩き方だったんです。乗り物に対しての恐怖もあって。退院してからもリハビリとして、近所をちょっとの距離だけ歩いて帰ってくるというのを繰り返していました。

 退院後しばらくしてから、すごくお世話になったバイト先の人から「ある程度動けるようになったら、うちでちょっとずつ働いてみたらいいんじゃない?」と声をかけてもらって、もう無理のない程度に働かせてもらうようになりました。