Twitterで引退発表→ワーキングホリデーで韓国へ

――2015年末にTwitterで引退発表したわけですね。

古谷 その時はフリーでしたので、理由とかを言わず「辞めます」と言ったと思います。本当にさらっと、入院したことをきっかけに「普通の古谷を楽しみたい」と書いたかもしれないです。実は当時のアカウントは鍵アカにして、その後にパスワードを忘れてしまって私自身開けないので何を書いたか忘れてしまって(笑)。

©佐藤亘/文藝春秋

――そうなんですね(笑)。その後はどうされたんですか。

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古谷 まず化粧品に興味があったので、美容を学びたいと語学留学をかねてワーキングホリデーで韓国に行きました。

――ただ事故の後ですし、海外は親御さんは心配しませんでしたか?

古谷 実際、韓国に向かう飛行機内では、事故のトラウマで恐怖を感じていました。

 ただ、その後は問題は特になく、楽しく生活してましたね。語学学校に行きながら友達を増やして、毎日遊んでたっていう感じです。韓国留学の時は交通事故の2、3年後だったのでもう全然元気でした。

韓国留学中の古谷さん

 ずっと韓国にいるつもりだったんですね。そっちで仕事をしたいと思ってたんですけど、韓国にいると日本の素晴らしさに気付いて、やっぱり日本だってなって。韓国にいる期間で韓国は満足してしまって。それで帰ってきた感じですね。

――帰国後はどんな仕事を?

古谷 一番最初はAGAクリニックのカウンセリングをしてました。それをしながら美容の勉強や資格を取ったり、もう普通の一般社会で生きていくっていう気持ちに完全にシフトしてましたね。

――AGAのカウンセリングで働いていたということですが、声優であることが、お客さんにバレたことはなかったんですか。

古谷 なかったですね。意外とバレない。AGAクリニックのほかにも脱毛のクリニックで働いて、毛のスペシャリストみたいな感じでやってたんですけど、そこでは「何か芸能の仕事とかしてます?」っていうのはよく言われていました。声が特徴的らしくて。声については本当に普段からよく言われます。ショップにスマホの契約に行く時も「なんか声優さんみたいですね」とか言われます(笑)。

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