映画とは異なったザッカーバーグの印象
孫のダイニングルームは、ランチ時と同様、夜も魅惑的だった。一方にはライトアップされた室内日本庭園、もう一方には東京湾に航行する船の灯りがきらめき、ダイニングスペースはまるで幻想的なブックエンドにはさまれているようだった。
ザッカーバーグが入ってきたとき、ローマ皇帝が目の前にいるような印象を受けた。まっすぐに伸びた背筋のせいだろうか? それともその静かな佇まい、あるいは貴族的なオーラのせいだろうか? 世間で知られているとおり、彼がアウグストゥス・カエサルに心酔していることを考えると―実際、彼は娘に「オーガスト」という名前をつけている―その印象は偶然ではなかったのだろう。トレードマークであるブルネロ・クチネリのグレーのタイトなTシャツとブルージーンズ姿のザッカーバーグもまた、あまり服をもたない皇帝だった。彼は「つまらない選択に時間をとられない」シンプルなワードローブを提唱している。いっぽうで、節約したその貴重な時間をどう使うべきかについては何も語っていない――フェイスブックのプロフィールを推敲するとか、インスタグラムのフィードを整理するとかだろうか? もし意図的にそんな提唱をしているのだとしたら、あの皮肉の達人キケロ〔共和制ローマの政治家、弁論家、哲学者。アウグストゥスの養父カエサル(シーザー)の暗殺には直接関与していないものの、加担したとして断罪され、殺害された〕もこの壮大な皮肉に拍手を送っていただろう。
ザッカーバーグは、当時フェイスブックのパートナーシップ部門を統括していたダン・ローズを同伴し、ニケシュも彼のことを知っているようだった。
挨拶を交わすうち、『ソーシャル・ネットワーク』のザッカーバーグ像は公平を欠いた風刺的描写であることがわかった。あるいは、彼がそこからずいぶん成長したのかもしれない。
ザッカーバーグはけっして陰気なタイプではなかった。自己紹介を終えると、私の経歴について尋ねてきた。話を聞きながら、黒い目で私の目をまっすぐに見つめ、「この瞬間、あなたは世界で誰よりも重要な人間なのだ」と思わせる、政治家のような才能を披露した。そのとき私は、2001年1月、フロリダ州ボカラトンで開かれたモルガン・スタンレーのイベントで、一度だけクリントン元大統領に会ったときのことを思い出した。もちろん、クリントンと同じで、ザッカーバーグの愛など錯覚だとはわかっていても、人はその気にさせられてしまう。そこにいるのは、自然体で、自分の倍も年上の孫と対等に話をする男だった。たいしたものだ。ザッカーバーグにエグゼクティブコーチがついているのなら、ぜひその電話番号を知りたいと思った。
孫はザッカーバーグに自分の真向かいの席を勧めた。この日は、庭園の開けた空間の側を背にするのは孫のほうだった。それはそうだ、ドクター・イーブルには敵が多い。ニケシュと私は孫の両隣にすわった。