カトウさんが現れた。彼は角の席に正座し、両手にはアイパッドミニを持っていた。私は目をぱちくりさせたが、見間違いではない。たしかにカトウさんは、アイパッドミニを手にした“そっくりさん”を連れていた。ふたりはまるで楽譜を手にしたテノール歌手のようで、いまにもデュエットを始めそうだった。だがよく見てみると、カトウさんの相棒には小粋なペンシル型の髭があり、どことなく不穏な雰囲気を漂わせていた。カトウさんがスピノザを読んでいるとすれば、彼の弟子はエドガー・アラン・ポーがお好みといった風情だった。

「カトウさんが料理名を読み上げます」と孫が言った。

「料理はすべて小鉢です。食べたい料理があれば手を挙げてください。お好きなだけどうぞ。ただ、たいてい6品か7品でおなかいっぱいです」

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「ずっと悔やんでるんですよ」

 こうして、私にもだいぶおなじみになった、いつもの楽しい夕食前の儀式が始まった。芝居がかっているのを承知のうえで、カトウさんが笑いをかみ殺しながらメニューの品々を読み上げる。そして誰かが手を挙げると、カトウさんの弟子のアクガさんが携帯端末に記録する。注文ミスは一度もなかった。

 料理は和食と中華の珍味だった。トロはいつも人気だったが、私の大のお気に入りは、酢飯に載せて出される北海道産のウニで、ときには意地汚くも両手を挙げて注文するほどだった。

 やさしい甘さ、塩味、複雑なうまみ、とろけるようなやわらかさ―私は目を閉じて、ひと口ひと口をじっくり味わった。

 孫とフェイスブックとの過去のいきさつについては自分なりに勉強していた。2009年、孫はフェイスブックへの投資を望んでいたが、ロシア系アメリカ人の起業家ユーリ・ミルナーに敗れた。ミルナー自身、伝説的な投資家でもある。彼はザッカーバーグに希望額を出すと申し出て、最終的に100億ドルの評価額―まだほとんど利益を上げていないビジネスにしてはかなりの高値――で2億ドルをフェイスブックに直接投資した。

 また、割引評価額65億ドルで、従業員からさらに1億ドル分の株式を買い取った(平均購入価格を下げるために多くのベンチャーキャピタルが使う手法)。この話にはもうひとつ皮肉な顛末がある。ミルナーはその新たに取得した株の議決権をザッカーバーグに譲渡している。つまりザッカーバーグは、フェイスブックに対する経済的な持ち分を減らしながらも、取引後に会社への支配力を強めることとなったのだ。

 孫は場の緊張をほぐすため、そのときのことに言及した。

 

「じつは、マーク、僕はフェイスブックに投資できなかったことをずっと悔やんでるんですよ。

 ほんとにバカでした。あなたはじつにすごいビジネスを築きましたね」

次の記事に続く 「ところで、私のチャレンジについて聞いたことある人はいますか?」若きマーク・ザッカーバーグが晩餐会で発した“猟奇的ともいえる自慢話”とは