「クレイジーな奴と賢い奴が戦ったら、どっちが勝つかわかります? 絶対にクレイジーなほうだ! 絶対に!」――。

 孫正義氏のその言葉を象徴するのが、スティーブ・ジョブズ氏との伝説の交渉だ。2005年、iPhoneが発売される1年以上前。孫は自ら描いた「不格好なスケッチ」を持参し、ジョブズに日本での独占販売権を求めた。当時、ソフトバンクは携帯電話会社すら持っておらず、アップルには製品もなかったにもかかわらず、だ。

 話にもならない状況から、いったいどのようにして交渉を成功に導いたのか。ここでは、孫氏の右腕として躍動するソフトバンクグループインターナショナルCFOのアロック・サーマ氏の著書『右腕が見た孫正義「クレイジー」が世界を変える瞬間』(光文社)の一部を抜粋して紹介する。

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「すべてを失ったとしたって、僕はやっぱり幸せなんですよ」

「アマゾンにはIPOの前に投資したかったんですけどね」と孫が言った。

「ジェフ・ベゾスと会って、ほとんど合意に達していたんです。3億ドルの評価額で1億ドル投資するつもりで。ところが、金がないとチームに言われましてね」と考え込むように微笑んだ。

「想像できますか? われわれはアマゾン株を20パーセントもてていたかもしれないんですよ!」

 私は首を振った。もし実現していたらと考えると、畏怖の念を覚えた。アマゾン株の20パーセントは、2024年には3600億ドル以上に相当し、コロンビアのGDPにも匹敵する額になる。だが、もしアマゾンの20パーセントを保有していたら、孫はアリババに出資していただろうか? 私は彼に尋ねてみた。

「いや、考えもしなかったでしょうね。きっとジェフが認めなかったと思います。そうか、なんだか急に気が楽になった!」と言いながら孫は大声で笑った。そんなふうに笑うと、彼の目はなくなるほど細くなった。

「孫さん、あなたはあの株価の暴落でほぼすべてを失いました。どんな気分でしたか?」。私はなおも続けた。

 彼はもう一度笑いながら、今度はうしろにもたれ、参ったといわんばかりに両手を挙げた。

「なんというか、世界一の金持ちになったときは、金の使い道のことばかり気にしてました。そりゃあたいへんなストレスでしたよ。でもそしたら市場がその悩みを解決してくれて、心配事がなくなった。きれいさっぱり!」