私は話をボーダフォンにもっていく糸口として、孫のゴルフ好きも知っていたので、ビジェイ・シンを知っているかと切り出した。フィジーの慎ましい家庭に生まれ、タイガー・ウッズ全盛期に世界ナンバーワンに輝いたゴルファーだ。

「もちろん」と孫は答えた。

「彼はすごい、最高ですよ」

ADVERTISEMENT

 私は、以前ニケシュとともにビジェイと長い週末休暇を過ごしたことがあると話し、そのとき、タイガーとの直接対決のプレッシャーについて尋ねたことを語った。ビジェイは何度もタイガーと対決し、勝利していた。

「アロック、プレッシャーっていうのは、フィジーのレッスンプロ時代、ポケットに20ドルしかないのに観光客相手に1ホール100ドル賭けて生活費を稼いでたときのことさ」。そのときビジェイは、パロ・アルトのスタンフォードゴルフコースでフェアウェイを歩きながら、そう言って笑っていた。

写真はイメージ ©AFLO

「マサ」

 私は孫に言った。

「あなたのボーダフォンの買収もまさにそんな感じでしたね。ビジェイが20ドルしかないのに100ドル賭けてたのにそっくりだ!」

 孫は口が耳まで届かんばかりの笑顔を見せ、射るような黒い目をキラキラさせながら、私の前で人差し指を振った。

「まさに! そのとおりだ! あれはクレイジーだった。でもほら、勝つためにはクレイジーにならなきゃならないときもある。クレイジーな奴と賢い奴が戦ったら、どっちが勝つかわかります? 絶対にクレイジーなほうだ! 絶対に!」

 まるで深い真理でも語るような口ぶりだったが、私にはよく意味がわからなかった。とはいえ、わざわざ訊くのも不躾な気がして、ただうなずき、失礼のないよう微笑んでおいた。

スティーブ・ジョブズへの交渉

 そのあと孫は、明らかにお気に入りと思しきスティーブ・ジョブズの逸話を披露してくれた。

 以前、ブルームバーグTVで彼がチャーリー・ローズとのインタビューで語っていた話だ。

 2005年、初代アイフォーンが発売される1年以上前に、孫はアイポッドにどことなく似た携帯端末のラフスケッチを描き、スティーブ・ジョブズのもとに持参して、アップルが将来売り出す「スマートフォン」の日本での独占販売権を求めた。孫によれば、困惑したジョブズは「不格好なスケッチ」だと取り合わず、孫のデザインセンスをからかったという。しかも当時ソフトバンクは携帯電話会社をもっておらず、アップルには製品がなかったのだから、そもそも取引など成立するはずもなかった。だが孫は負けずに食い下がり、ついにジョブズも根負けした。「あなたはクレイジーな人だが、気に入りましたよ」。そう言って、孫が電話会社をもち、アップルに製品ができたあかつきには、独占契約を結ぶと約束したのだ。