「アリババは絶対に売りません」。彼はきっぱりとそう言った。

「これは世界最高の投資です。ご存じでしょうが、彼らは中国市場で80パーセント以上のシェアを占め、成長率は毎年25パーセント以上。80パーセントですよ! 素晴らしい会社だ、ほんとに素晴らしい。それに、売るべきだと考える奴はバカですよ。バカ、何もわかってない」

 私は本能的にうなずきながら、自分とは反対の意見に同意してしまうその本能に疑問を感じていた。孫はアリババに永遠に冷めない恋をしたのだろうか? だとしても、アリババだって他の若いテック企業と同じように、いつまでもいまのままではいられない。それに、気まぐれで独裁的な中国の規制当局というリスクもある。

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 投資の判断には『スター・トレック』のミスター・スポックのような冷徹な客観性が求められるが、孫は明らかに愛情と崇敬の目でアリババを見ていた。おそらく2000年のヤフーに対しても、同じような気持ちだったのではないだろうか。だとすると、ピーク時にヤフー株を売却しなかったことによる推定200億ドルの機会損失も、彼の考え方にはまったく影響を与えなかったと見える。だからこそニケシュ(編集部注:ドイツの通信大手ドイツテレコムの携帯電話子会社であるTモバイルの上級幹部)は私をチームに入れたがり、サミルも「私のような人間」が必要だと考えたのだ。モルガン・スタンレーで私が受けた訓練は、昔ながらのコーポレートファイナンスだったからだ。

“孫正義の最高傑作”と称されたボーダフォンジャパンの買収劇

 2006年のボーダフォンジャパンの買収は、孫正義の“ヒットパレード”において言及されることはほとんどないが、じつは彼の最高傑作ともいえる出来事だった。あのディランのとてつもない名曲『ブラインド・ウィリー・マクテル』が、なぜか見過ごされてきたのとどこか似ている。2001年の市場の崩壊から孫が再起できたのはすべてアリババのおかげだと世間では考えられている。たしかにアリババはとんでもない成功を収めたが、それは孫がビル・ゲイツ級の大富豪だった頃のちょっとした賭けのひとつにすぎなかった。しかも彼が投資を決めたのは、ジャック・マーの「眼光鋭いキラキラした目」と、欧米企業と中国のサプライヤーをつなぐという曖昧な計画に基づくものだった。いっぽう、ボーダフォンジャパンの買収は、ソフトバンクの足元がぐらついていた時期に行われたもので、明確なビジョン、並外れた大胆さ、完璧な実行力、そして多額の資金が必要だった。