著作が300冊を超える時代小説の第一人者・佐伯泰英さん(84)。佐伯さんが初めて時代小説を上梓したのは1999年、57歳のときだが、それ以前には海外を舞台にした冒険小説を書いていた時代、さらに以前にはカメラマンとしての時代がある。主な被写体はスペインの闘牛であり、1976年には初の著作『闘牛』を新書として刊行している。

 佐伯氏が、4月29日に102歳で亡くなった作家・佐藤愛子さんと出会ったのはカメラマン時代、佐藤さんのスペイン取材旅行に同行した時のことだった。「文藝春秋」7月号に掲載されたインタビュー記事を冒頭から紹介します。

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ここまで寂しい気持ちになったのは初めて

 佐藤愛子さんの訃報を聞いたのは、5月15日のことです。4月末に亡くなられていたと、文藝春秋の編集者が電話で知らせてくれました。僕は犬の散歩中でした。

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 一報を聞いて、ひどく寂しかった。月並みな言葉だけれど、ただただ寂しかった。これまでもいろいろな交遊の友人、知人、仕事上の先輩といった方々を見送ってきました。そのなかには一時期生活を共にした人だっている。だけど、ここまで寂しい気持ちになったのは初めてです。

菊池寛賞の授賞式で、佐藤愛子さんと再会(2018年) ©文藝春秋

 もうちょっと他の言葉がないものかと我ながら思うけど、寂しい、しか出てこないなあ……。

 僕はカメラマンとしては、集英社で仕事をすることが多かった。月刊「プレイボーイ」や女性誌の「non・no」などの媒体ですね。

 1980年のはじめだったと思うけど、同社の編集者、白石さんから、佐藤愛子さんがお嬢さんとスペインを旅行し、その旅行記を「non・no」に連載することになった、ついてはカメラマンとして同行してくれないか、と声がかかったんです。

 僕は71年から3年間、スペインで暮らしていたし、その後も闘牛を撮るために1年の半分はスペインに滞在していました。

 闘牛の写真はなかなかおカネにはなりませんが、航空会社や旅行会社などから、スペインがらみの広告記事の撮影依頼がときに舞い込んできて、そういう仕事で糊口をしのいでいた。日本人の旅行先として、本格的にヨーロッパに目が向き始めていた時期。つまり僕は「スペイン屋」のはしりとして、いささか重宝される存在だったわけです。

 佐伯なら案内役としてもうってつけだし、なんなら現地でクルマの運転も頼める……、白石さんはそういう思惑だったんでしょう。