僕に対する第一印象
僕は、それまでもスペイン時代には堀田善衛さんのグラナダの住まいに同居させてもらったり、田村隆一さんのスペイン旅行に同行したりしていたので、作家と聞いても特に緊張することはなく、まあ、くっついて行って撮ればいいんだな、というくらいの気持ちだった。というか、正直言うと、佐藤愛子さんという方にあまりピンときていなかった。当時は作品も読んだことがなくて……スミマセン(笑)。
80年春だから、当時の僕は38歳。愛子先生は56歳。まだまだお若かった。
〈佐藤愛子さん、お嬢さんの響子さん、佐伯さん、編集者の白石さん一行は、1980年3月31日夜の日航機で成田を発った。ロンドン経由でスペインに入り、マジョルカ島、バルセロナ、グラナダ、セビリアを経てマドリードに至るという17日間の旅程だ。〉
スペインでの道中は、基本的にクルマ移動です。メルセデスか何かのセダンを借りて、皆のトランクを積む。愛子先生のは複数個あったと思うし、僕も撮影機材を積んでたから、けっこうギュウギュウでした。
僕が運転し、助手席に白石さんが座り、後席に愛子先生と響子さん。
愛子先生が連載した旅行記は、翌々年『娘と私の天中殺旅行』(集英社刊)という本になっているのですが、僕に対する第一印象はこうあります。
〈ハナ肇をノバしたような豪快、明朗、実に男らしい人だ。〉
ハナ肇をノバした……さすが、うまいことおっしゃいますなあ。光栄なことです(笑)。実際のところは、スペインに長く暮らしたという、アヤしいスペイン語を話すアヤしい運転手、というくらいの印象だったんじゃないかな。
でも、そのアヤしい僕に接するに、全然構えるところのないお方でした。僕も、最初のうちはエラい先生だから失礼があっちゃいかん、と少しは硬くなっていたと思うんですが、そのうち実に気楽になった。愛子先生が僕という存在を自然に飲み込んでくださったというかんじ。
※本記事の全文(6500字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年7月号に掲載されています(佐伯泰英「佐藤愛子先生とのスペイン旅行」)。
全文では、以下の内容が語られています。
・愛子先生がナゾの電話を……
・佐伯さんが2年間暮らした村での一コマ
・38年ぶりの再会
