虐待の理由を語った祖母
――本来は、大学進学も視野に入れていた。
かいと はい。小学生時代はあまり勉強をしなくても、学校のテストでは100点を連発していました。児童養護施設に保護されたときに知能検査を行っているのですが、5歳時点で9歳相当の知能だったといわれたようです。
良い大学へ行き、なるべく稼ぎたいと考えていたので、高校時代はしっかり勉強をしていました。模試の結果でいうとGMARCH(学習院、明治、青山学院、立教、中央、法政)が安全圏という判定もあり、さらに上を目指していましたね。
――厳しい環境にありながら、そつなくできたわけですね。
かいと 正直、それはあると思います。家族の中で、昔から何でも秀でていた自覚はあります。
だからなのか、母は、私に対して嫉妬に似た感情を抱いていたのではないかとも思うんですよね。母は長野県から芸能界を夢見て上京した女性なのですが、舞台に立つことは到底できませんでした。しかし私は幼い頃に子役のスカウトをされるなど、一定程度、人の目を引く容姿でもあったらしいんです。母が努力してできたことを簡単にやってしまって。私を疎ましく思っていたでしょうね。
――そこまで言い切るとは……。母親がご自身に抱いている強いコンプレックスを意識したエピソードがあるのでしょうか。
かいと 一度、祖父母宅に預けられていたとき、思いきって「お母さんはどうしてぼくにあたりが強いの?」と聞いてみたことがあるんです。祖母(母親の母親)が言うには、「あの子は努力をするタイプだったけど、結局モデルにはなれなかったし、良い大学に進学することもできなかったし、一生懸命やっていたバスケットボールでも大成しなかった」と。そして、周囲の親戚も「かいとに嫉妬しているんだろう」と言っていたことを教えてくれました。
