虐待に加担してきたきょうだいへの思い
――虐待はかいとさんに対してだけ行われていたとのことですが、かいとさんと、ごきょうだいとの関係性はどのようなものでしょうか。
かいと 当時はかなり悪かったと思います。
弟は私の行動を母に告げ口するところがありました。たとえば、登校班の下校時、班長である私が友人との話に夢中になって歩いていたためペースが速くなって、下の学年の子が追いつくのに必死になってしまったことがあったんです。その事実を細かく報告をされて、母は激昂し、「みんなの前で『班長を辞めて弟に譲ります』って言え!」とか怒鳴られて。
ただ、当時の家庭においては、自分が生存するために親と自分自身との関係性を第一に考えることは自然なのかなと思ったりもします。
――長男という立場上、弟さんや妹さんから頼りにされるケースもあるのではないでしょうか。
かいと 私が成人してからは、弟も妹も賃貸契約などに際して私を頼ってきましたね。
――かつてはかいとさんが虐待を受ける一因になっていたきょうだいから、頼られるのはどんな気持ちなんでしょう。
かいと 正直に言えば、これまで散々虐待に加担してきた人間から頼られることは快くはありませんでした。それでも弟に関しては、現在はどこか私に遠慮している様子で、弁えている印象があります。妹については、素行の悪い人間との交際を何度も咎めましたが改善が見られないため、静かに縁を切っている状態です。
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虐待に加担、あるいは黙認していた家族との間に引いた静かな境界線。18歳で家を出て以来、かいとさんは実母と一切の絶縁状態を貫いていた。しかし2025年5月、末期がんに侵された母の死期が迫るなか、彼は妻・みうさんを連れて病室を訪れる決断をする。「そのまま息子に会えずに死んでいけばいいと思っていた」と語る彼が、最期に虐待母へ会いに行った“まさかの理由”とは。
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