同年代の台頭で序列は後方に…盟友・堂安との差は開きつつあった

 小川にとって東京五輪は、U-20日本代表の時から目標にしていた大会だった。堂安と2人でチームを牽引し、森保一監督のチーム作りの軸になっていた。練習試合で出番が終わると、2人並んでいつも話をしていたのが印象的だった。

 だが、チームでの成績や怪我、上田綺世、前田大然らの台頭もあり、小川の序列は後方に追いやられた。一方、堂安は海外に行くなど着実に階段を上り、その差は開きつつあった。

「律からは、いい刺激をもらっています。この世代を引っ張る選手だし、A代表でもがんばっている。仲がいいけど、負けたくないし、早くあいつに追いついていかないと。律と一緒に東京五輪の舞台に立ちたいと思っています」

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 しかし、小川の夢は果たせぬままに終わった。

 2022年は、小川にとってリスタートのシーズンになった。磐田から横浜FCに完全移籍を果たし、心機一転、A代表に向けて気持ちを高めた。

©JMPA

結婚で転機「必ず日の丸を背負って帰ってきます」「次のW杯で点を取るのは僕」

 小川がもうひとつ気持ちを入れ替えたのは、妻との結婚を報告したからでもある。妻とは数人との食事会で出会った。少し時間が空いた後、連絡があって食事に行くと、その場で「付き合ってほしい」と伝えた。

 2021年の大晦日に「本当に大切な人で、死ぬまで一緒にいたいと心から思える人です」とのコメントとともにインスタで入籍を報告。

 以来、2人の子どもにも恵まれ、小川のJリーグ100試合出場のメモリアルの日には子どもと一緒にピッチで写真撮影をした。小川は「家族が一番大事。妻にはいつも感謝している」と語り、愛妻家ぶりを隠そうとしない。

妻・まなみさんとのラブラブなツーショット写真(まなみさんのInstagramより引用)

 結婚が小川のやる気に火をつけたのだろう。J2の横浜で41試合26ゴールを挙げて、得点王になり、J1昇格に貢献。J2のMVPとベストイレブンに選出され、キャリアハイの成績を残した。この結果により、念願だった欧州行きが加速し、2023年7月にオランダ1部リーグのNECナイメヘンに移籍した。

 ホームの三ツ沢球技場での退団セレモニーで、小川はサポーターに向けて、こう言った。

「次に日本に帰ってくるときは必ず日の丸を背負って帰ってきます。そして次のW杯で点を取るのは僕です」

 その頃の日本代表は上田綺世もまだ絶対的な存在ではなく、センターFWの軸がいない状態だった。小川は、「そこの枠っていうのは間違いなく僕だと思っているし、そうでなければいけないと思っている。僕はオランダで実力をつけて、日本代表に呼ばれて、そこを担えるようになりたい」と語り、オランダに旅立った。