「非常に痛かった」ACミラン戦で骨折し、日本に帰国
25年11月、ACミラン戦で左手の舟状骨を骨折したのだ。「非常に痛かった」と鈴木が語っていたように、少し動かしただけでも痛みが出るやっかいな骨折だ。日本に2か月ほど戻り、手術とリハビリを行った。幸いだったのは、怪我がW杯イヤーではなかったことだった。
もし、怪我が今年の2月や3月に起きていたら、W杯出場が微妙となり、三笘薫や遠藤航のように代表から姿を消すという最悪の事態に陥っていたかもしれない。鈴木は順調に回復し、3月13日のトリノ戦でフル出場を果たし、ピッチに帰って来た。
北中米W杯のメンバー発表は、イタリアの自宅で聞いた。
アジアカップからずっと背番号1をつけ、いろいろあったが、最後まで守護神の番号を守った。
スウェーデン戦で終盤に好セーブを見せ、勝ち点1をもたらした
「名前を呼ばれた時はホッとしました。海外で3年間プレーしましたし、代表としてはアジアカップを経験してアジア予選も戦ってきて、いいところも悪いところも経験してきた。その大きな区切りとして、このワールドカップが集大成になります。チームの結果が1番ですが、個人としてもいいパフォーマンスを発揮したい」
W杯、初戦のオランダ戦は開始早々にスーパーセーブを見せ、その後は2失点で抑え、引き分けで貴重な勝ち点1を得た。チュニジア戦は、ほとんど危ないシーンがないなか、しっかりとゴールマウスに鍵をかけ、完封勝利に貢献した。
スウェーデン戦では終盤に好セーブを見せ、勝ち点1をもたらした。グループリーグ3試合、鈴木は常に堂々としたプレーを見せ、好セーブでチームを救った。2年前、ミスをして気持ちをうまく切り替えられず、“ビビッていた”鈴木はもういない。
「僕の夢は、世界で一番のGKになること。チャンピオンズリーグでも、もちろんW杯でも1番になりたいと思っています」
家族が見守る中、自身が生まれたアメリカの地で、名声を掴むことになりそうだ。
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