2026年7月15日、都内にて第175回直木三十五賞の選考会が開かれる。作家・凪良ゆう氏の『多類婚姻譚』(講談社)について話を聞いた。(全5作の3作目)
果てしなく遠い結婚までの道のり
約2年半ぶりとなった新作は、「現代の結婚」を描く連作短編集だ。
「1編ずつ、自分の心に引っかかっている問題を反映させるように書きました。自分のなかの価値観と向き合い、アップデートすべきところはしつつ、譲れないところは揺るがせないバランスが難しかったですね。
書きたかったのは、〈今の時代〉と〈結婚〉って、すごく噛み合わせが悪いということ。自分のスタイルを持って生きている人がかっこいいと言われる時代なのに、結婚生活というのはやっぱり我慢と譲り合い、察するということが大事なんですから」
5編全てに東京の大手食品会社の社員が登場するが「Beautiful Dreamer」の花織は27歳の派遣社員。都会育ちの正社員・恵斗との結婚を望んで常に外見を磨き、恵斗の友人たちの前でも健気に振る舞う。だが彼女は、格差社会について論じ合う彼らの口元に「歪み」を見て取り……その一瞬が鋭く切り取られる。
「どれだけ口では綺麗なことを言っても、自分たちが恵まれた立場であることを自覚していて、それを隠そうとして口が歪むんだと思います。私が20代の頃にも周りにこういう人たちがいました。何も持っていないあの頃の自分がもしひとりで東京に出てきたら……こんな過酷な街はないという実感があります。真面目に働いても、やっと生きていけるだけの暮らししかできない人はたくさんいて、結婚以外の出口が用意されてないのに責任が全部個人にのしかかるなんておかしい。そんな強い怒りがありました」
「Position Talk」では、入籍前のカップルが舌戦を繰り広げる。「意識の高い男性」として慎重に言葉を選ぶ律に、結婚における役割と意識を叩き込む朱里。ふたりの本心と議論の行方から目が離せない。
続く「C'est la vie」の主人公祥子は、レストランのオーナーと不倫関係を続けている凄腕のシェフ。全編中でもっとも結婚から距離のある人物だ。
「相手に求めるのは恋愛や潤いだけ。欲しいものは自分で全部手に入れているから、自由なんです。でも祥子さんの生き方は、現実には厳しい批判を受けますよね。今回収録されている五編は、どれも気軽に話し合えることじゃない。だからこそ、小説で書くんです。怖いけど、そこを遠慮したらもう小説は終わると思うから」
広がり続ける結婚観や格差の中で、もがく彼らの痛みを描き出す凪良さんの文章は圧巻。その奥にある「それでも他者と生きたい」切実な願いを掬い上げる。
凪良ゆう(なぎら・ゆう)
京都市在住。2007年に初著書が刊行されデビュー。ボーイズラブジャンルでの代表作に「美しい彼」シリーズなど多数。20年『流浪の月』で第41回吉川英治文学新人賞候補、第17回本屋大賞を受賞。同年『わたしの美しい庭』で第11回山田風太郎賞候補。23年『汝、星のごとく』で第168回直木三十五賞候補、第20回本屋大賞を受賞。他の著書に『滅びの前のシャングリラ』『星を編む』など多数。
(初出:「オール讀物」2026年7・8月号)

