2026年7月15日、都内にて第175回直木三十五賞の選考会が開かれる。作家・若林正恭氏に候補作『青天』(文藝春秋)について話を聞いた。(全5作の5作目)
アメフト愛から生まれた青春小説
「書き始めた理由は、ただただアメフトが好きだって気持ちからなんです」
高校時代、アメフト部に所属していた若林さん。お笑いコンビ・オードリーの相方の春日俊彰さんとも、この部活で出会った。初小説『青天(あおてん)』の舞台は、1999年の高校アメフト部だ。万年2回戦止まりの弱小チームに所属する「アリ」こと中村昴は、負ければ引退となる大会で強豪校と対戦する。
最初に浮かんだのは、アリが相手校の試合を隠し撮りする場面だった。
「あとはアリが自然に動いてくれて。僕は後ろから観察しながら、彼の行動を写し取るように書き進めました」
当初は、アリが孤軍奮闘する物語になるはずだった。だが、彼が頑張るほど、周囲もアメフトへの熱を高めていく。こんな場面を、若林さんは芸能の現場でも何度も見てきたという。
「ひとり異常な熱量がある人がいるだけで、それが連鎖して、空気が変わっていくことがあるんです」
執筆中、頭の中には映像が浮かんでいたが、それを言葉にして紡ぐことは容易ではなかった。特にこだわったのが、「痛み」の描写だ。試合中の激痛を表現するため、喫茶店で自分の指を無理に曲げて痛みを確かめながら、何度も書き直した。
痛みとは、身体だけに限らない。人と人が正面から思いをぶつける中で生じる痛みも、本作には含まれている。
「お笑いにおける“ツボが合う”って、ひとの傷と傷が重なることなんじゃないかと思っていて。アリが仲間や倫理の先生と対話し、傷を重ね合えたということを大事にしたかったんです」
SNS上で匿名の言葉が飛び交い、他者と対峙せずにすむ時代である。だからこそ、若林さんは人と人が正面からぶつかることを描いた。
「いま、自己開示して相手に向き合う時間が、コストやリスクになっていることが嫌で。だから、物理的に肉体でぶつかるさまを書きたかったんです」
若林さん自身がここ数年悩んできた「中年の危機」も、本作のテーマのひとつとなった。年を重ねると、自分の理想と現実との距離が見えてくる。その感覚を、引退というタイムリミットがある高校の部活動に重ねた。
「ある種の“諦念”との付き合い方を考えていた自分の気持ちを、終わりがある中でもがく彼らに重ねました」
誰かとぶつかっている時にこそ、生きている実感がある。身体の痛みも、心の痛みも、確かに残る。
「幸せや楽しいという感覚は輪郭がぼんやりしているのですが、でも、僕は“痛み”は信じられる。痛いと感じていることは確かだから」
若林正恭(わかばやし・まさやす)
1978年東京都生まれ。お笑いコンビ・オードリーのツッコミ担当。テレビ・ラジオなど活躍の場を広げ、2024年には「オードリーのオールナイトニッポン」15周年を記念した東京ドームライブで16万人を動員。13年に初めてのエッセイ集『社会人大学人見知り学部 卒業見込』を刊行。18年『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』で第3回斎藤茂太賞を受賞。他の著書に『ナナメの夕暮れ』がある。
(初出:「オール讀物」2026年7・8月号)

