ミスコン経験者の“超お嬢様”だった熊井

 日本への送還時、その容姿がネット上で『ONE PIECEのナミ』と揶揄された寺島春奈はST箱の所属だったが、山田とも多少の交流があったという。山田が特に言及することが多かったのが熊井だった。山田は私に、熊井の人物像をこう説明している。

「熊井ひとみは“女”を出して周りからチヤホヤされていた。組織の人とは、私のほうがセックスしていましたけどね。彼女はトラブルが起きると、仕事もしないで『ピーピー』泣いていました。そういう他人任せなところに私は苛立ちを感じていたんです」

 熊井ひとみは、メディアに最も多く登場したかけ子である。その理由はいくつかある。

ADVERTISEMENT

 全国の大学生の中から日本一の新入生を決める「フレッシュキャンパスコンテスト」でファイナリストに選出されるほど、容姿端麗であったこと。多摩美術大学中退という経歴にくわえ、高知県議を5期務めた祖父を持ち、地元の東京・三鷹市では名家と見られていたこと。かけ子のリーダー格であった藤田海里と恋愛関係になり、2023年に強制送還された際に子供を宿していたこと。さらに、拘置所内でその子供を出産したこと、である。

熊井について「苛立ちを感じていた」と話した山田(書籍より)

 山田と熊井はほぼ同じ時期にフィリピンに渡り、共にウエストマカティホテルでの摘発から逃れていた。多くのかけ子が「1ヵ月に1件案件が取れればいい」という認識の中で、山田と熊井はひと月で複数の案件をあげていたという。幹部たちが拘束されて以降も帰国を選択せず、かけ子としての生活を続けたことなど、2人は共通点が多い。それゆえというべきか、熊井に対する山田の感情には複雑なものがあった。

「熊井さんがずっと(かけ子を)続けられたのは、A箱が緩かったから。ST箱は遅刻する人や寝る人は容赦なくクビにしていた。熊井さんのように色目を使ってズルをする女は、頑張っている人間からすれば迷惑で目ざわりなのです。私には、熊井さんがフィリピンの大学に行くために組織を利用していたように映りました」

暴力、イジメは日常茶飯事

 女性同士のいざこざだけではない。組織内での暴力行為やイジメも、山田は度々目にしてきた。渡航当初、あるかけ子が「仕事をやめたい」と幹部に打ち明けた。すると、SPとして雇われていたフィリピン人男性に引っ張られ、たっぷり水が溜まった水槽の中に何度も顔を押し付けられた。この拷問は、「仕事やります」と言うまで繰り返されたという。

 下剤を大量に混ぜた酒を新人に飲ませ、苦しむ姿をみてケラケラと笑っていた先輩のかけ子もいた。帰国を直訴した男性が、姿を消したこともある。山田がA箱の管理者に確認すると「あいつは帰国しようとしたから病気で死んだことにした」と、平然と言ってのけた。

最初から記事を読む 「同じホテルで1日に3~4人の男性と…」“ルフィ強盗団”で6億を詐取した「伝説のかけ子」が送っていた、壮絶な学生時代の記憶

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。