優勝を目標に掲げながら、過去2大会と同じ決勝トーナメント1回戦で日本は北中米ワールドカップの舞台から去った。ブラジルを相手に1点をリードしたものの、試合終了間際に決勝点を奪われるという展開だった。

 7月2日に行われた帰国後の会見で、森保一監督は「未来で必ず、世界一を取れる日が来るということを戦いの中で感じました」と選手たちを前向きに評価をした一方で、「自分に関しては悔しくて残念な思いです」と内省する様子を見せた。

 ベスト32敗退という結果を受けてなお、森保監督の続投に期待がかかるのはなぜか。惜敗を喫したブラジル戦から振り返る。

ADVERTISEMENT

森保一監督 ©JMPA

冷徹ともいえるほどの徹底ぶりを見せた森保監督

 致命的だったのは後半21分に、堂安律、中村敬斗という攻撃に推進力を与える両サイドを交代させなくてはならなかったこと。これは相手もサイド攻撃に特徴を持っており、攻撃よりもそれを封じ込めることを目的としたが、これが裏目に出た。守備に重きを置いたはずが、ただ攻撃力を失いずるずると押し込まれ後半アディショナルタイム5分に逆転を喫した。とはいえ、両サイドの交代以外に有効な決定打があったかと問われれば、難しい。

 試合後の記者会見で森保監督は「優勝ということが叶わず、監督としては申し訳ない思い。世界一という目標をこれまでも話してきたが、本命で世界一かと言われればそうではない。今はダークホースとしてのチャンスがあるということ。今日、もし勝っていれば。そういう試合はできたと思う。世界一を目指してチャレンジしているといろんな人に公言したことで、今回は叶わなかったが、サッカーファミリーだけでなく、日本のライト層の方々も含めて、(世界一を目指そうという)輪は大きくなったのかなと思う」と、32強にとどまったものの公言し続けたことの成果を強調した。

©JMPA

 今大会に臨む森保監督は、世界一をあえて公言し自らに暗示をかけ、世界一になることから逆算して選択を行う仕事人といった印象だった。不要なものは除外するその徹底ぶりは、冷徹ともいえるほどだった。

現役選手をサポートにまわす“異例の判断”

 大会直前の5月31日、親善試合アイスランド戦のメンバーに今大会メンバーではない吉田麻也をアメリカから呼び寄せた。吉田はキャリア通算でワールドカップ3大会、オリンピック3大会という稀な経験を持っている。とくに年齢制限のあるオリンピックにオーバーエイジ枠で2大会出場するのは稀な話。自身の世代である2008年北京大会に出場し、続く2012年のロンドン大会でオーバーエイジ選手として招集され準決勝進出に貢献した。最後のオリンピックは東京大会で、この時の監督は森保監督だ。東京オリンピック世代が1997年以降生まれであるのに対し、吉田は1988年生まれと年齢はだいぶ離れている。

 それでもあえて招集したのは、森保監督がこの頃から吉田をプレー面だけでなく、精神的な支柱として高く評価しているからで、それは今大会前のアイスランド戦だけでなく、今大会中もサポートメンバーという形でチームに同行させたこととも繋がる。