仮に子ども時代に犯罪に巻き込まれなくても、このようなやりとりしかしてこなかった子たちは、〈ことばの力〉が育っていません。そうなれば、成人して社会に出たとき、さまざまなシーンでつまずくのは目に見えています。
そういう意味において、細かな言葉で文脈や状況を理解するというのは、文章を読むだけでなく、日常生活を過ごす上でも不可欠なことなのです。
自分が何に困っているかわからない
三つ目に取り上げるのが、自分の困りごとを言語化できない子どもたちについてです。
勉強でもスポーツでも、人は壁にぶつかることが多々あります。このときに必要なのは、言葉で自己分析して原因を明確にすることです。それができなければ、解決策は見つかりません。しかし、最近はそういう子がとても目立つそうです。
不登校を例に考えましょう。
ある日を境に、子どもがピタリと学校へ行かなくなりました。親が心配してどうしたのかと尋ねます。子どもはこう答えます。
「学校に行きたくない」
親はその理由を尋ねます。しかし、いまの子どもの多くはこう答えます。
「わかんない……。なんか無理……」
親にしてみれば、子どもが学校へ行けない原因をきちんと伝えてくれれば、いくらでも支援のしようがあります。
いじめられているなら、加害児に注意する。先生の態度が怖いのなら、改善してもらう。授業がわからないなら、塾へ行かせる。
しかし、子どもから「わからない」「なんとなく」と言われてしまえば、親だけでなく、先生ですら手の打ちようがありません。
不登校の理由が30年で大きく変わった
実は、こういう子どもが年々増えているのです。
それを象徴するのが不登校の理由です。
30年くらい前は、不登校の理由の多くは「いじめ」「友人関係」「教員関係」など明確なものでした。しかし近年の文部科学省の統計では図のように約半分が「無気力・不安」となっています。
子どもが自分の困りごとを言語化できないのは、不登校に限ったことではありません。長野県の中学校に勤める男性教員は次のように話します。