「監禁されてる」「虐待されてる」と6時間ぶっ通しで叫び続け、“ご近所騒動”に

――物を投げたり部屋を汚すことも多かったのですね。

カマたく そうですね。勝手に外に出て行こうとすることもあったので、玄関のドアを三重に施錠して、GPSをいくつも買って、祖母のカバンとか靴とかに付けまくったんですけど、そういう時にかぎってカバンを持っていかないとか、違う靴を履いて行くとかするんですよね(笑)。

 あとは、外に出ようとしたらセンサーが反応して大きな音が鳴るようにしてみたり、色々と認知症対策グッズを探して。ネットで調べると、いろんなお助けグッズが出ているんです。

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 その頃の祖母は、だんだんと「ひどいことをされている」という被害妄想も強くなって、昼夜問わず大暴れするようになって。

 窓から「監禁されてる」とか「虐待されてる」と6時間ぶっ通しで叫んだりするようにもなったので、心配したご近所さんが「大丈夫ですか!?」とうちに入ってきたこともありました。

――結構大ごとになってしまったのですね。

カマたく そうなんですよ。苦情が直接来たわけではないんですけど、マンションのエレベーター内に「騒音で困っている人がいます」というような掲示がされていたこともあり、母がそれをすごく気にしてしまったんです。

 また、認知症の「ターゲット症状」や「介護者への選択的攻撃」と呼ばれるものだそうなんですけど、祖母は、一番近くで面倒を見てくれていた実の娘である母に対して、ものすごく強く当たっていたんですよね。

 私がいる時はそこまでではなかったんですけど、母に対してはずっと怒っていたらしくて。祖母に引っ張られて、母の腕がアザになっていたこともありました。

 

母のストレスが限界に達して、突発性難聴を発症

――お母様にとってかなりのストレスだったのでは。

カマたく 母は、私に愚痴を言うようなタイプではなく、悩みを聞いたこともありませんでした。2、3ヶ月はなんとか耐えていたんですけど、母のストレスが限界に達してしまって、突発性難聴を発症したんですね。突然、両耳が全く聞こえなくなっちゃって。先ほどもお話しした通り、母は以前に小脳の腫瘍で倒れているので、心配でした。

 だからその時期はもう、なるべく2人が同じ空間にいないように、接点が減るように工夫して生活していました。

 私が夜中に仕事を終えるので、帰ってきてそのまま祖母が朝ごはんを食べるのを見守り、少しだけ仮眠して、その後また祖母のお昼ごはんの時間になったら起きて準備して……みたいな感じで。