“世界選手権、出るだろうな”
しかし、ひと月後にはシーズン最終戦である世界選手権がある。坂本は出場を明言していなかったが、樋口は確信していた。
“世界選手権、出るだろうな”
理由はシンプルだ。キャリアを通じて、悔しさや辛さを力に変えて結果を出してきたのが、坂本だったからだ。
「あそこで悔しいと思ったら、絶対に私も出ると思います。(出なければ)すごい後悔すると思うから。かおちゃんなら、なおさらです」
「ああ、二人で同じ場所に辿り着けたな」
樋口と坂本はラストシーズンを迎えた頃、「お互いが違う目標でも、目指すゴールは一緒。スケート人生をやりきること。ルートは違っても、同じ場所に辿り着こう」と約束していた。樋口は、現役生活の集大成となった昨年12月の全日本選手権で、見事な演技を見せている。「魔法のような時間でした」と振り返る通り、樋口がリンクに仰向けになると、万雷の拍手が会場に響き渡った。
迎えた3月の世界選手権、樋口の予感通り、坂本はリンクに立っていた。そして、最高のフィナーレを迎えた。樋口は自分のことのように見つめていた。そして、心からこう感じたという。
「ああ、二人で同じ場所に辿り着けたな」
画面の向こうには、すべてを出し尽くした表情を浮かべる、坂本がいた。
7月10日発売の月刊「文藝春秋」8月号、および月刊「文藝春秋」の電子版「文藝春秋PLUS」掲載の「坂本花織『不死鳥の花道』」では、樋口に加えトレーナーの渡部文緒、幼馴染のスケーターである籠谷歩未の証言で、涙の五輪から世界選手権優勝に至るまでの秘話のほか、誰からも愛されたスケーター・坂本花織の現役生活に迫っている。
