これは甘いのではない。走塁改革をやる以上、失敗はコストとして織り込む必要がある。盗塁数だけを増やして、牽制死だけをゼロにする都合のいい改革はない。リスクを負わせるなら、首脳陣もそのリスクを引き受ける。橋上巨人のコメントは、その責任の置き方を示している。
これまでの巨人は、ミスが必要以上に大きく見える球団だった。伝統、注目度、報道量。そのすべてが、若手の一つの失敗を拡大する。橋上監督代行の言葉は、その拡大鏡を少し外しているようだ。
一方で、橋上巨人は若手“偏重”でもない。5月27日のソフトバンク戦では、3番に坂本勇人を置くなど打線を大きく変え、丸佳浩、松本剛らベテランを起用した。橋上監督代行は試合後、ベテランに助けられたと感謝し、「こういう時は彼らの力が必要」とコメントしている。
6月3日のオリックス戦では、8回に代打・丸が逆転満塁本塁打を放った。丸をスタメンで消費せず、勝負どころのカードとして残していたことが結果につながった試合だった。
この起用法が、かつてとの違いだ。以前の巨人では、ベテラン起用は「実績への信頼」と見られやすかった。裏返せば、若手の出番を塞ぐものにも見えた。橋上巨人では、ベテランがチームの蓋ではなく、試合終盤の選択肢になっている。坂本も丸も、常時固定の象徴ではなく、局面で効く技術として扱われている。
ベンチの表情が変わった理由
ベンチの雰囲気というと、どうしても「明るい」「暗い」の雑な二択になる。だが、今の巨人で変わったのは、明るさそのものではなく、選手の表情が固まりにくくなったことにある。
バスターエンドラン失敗後の浦田が下を向かず、次の打席で仕掛けたこと。牽制死をしても、走塁の方針そのものが否定されなかったこと。ベテランが起用されても、それが若手排除ではなく役割分担として見えること。こうした小さな積み重ねが、選手の表情に出ているのだろう。
橋上巨人のベンチは「叱られないベンチ」ではない。「なぜそれをやったのか」が共有されているベンチだ。目的が分かっているから、失敗しても次に戻れる。目的が分からないまま失敗すると、選手は顔色をうかがう。今の違いはそこにある。試合後コメントにも、はっきり変化がある。