先天性の難病「顔面動静脈奇形」を抱え、40回以上の手術を経験してきた河除静香さん(51)。就職活動では「あなたのような見た目の人を採用することはできない」と面と向かって告げられた。その言葉を、河除さんは今「すごく親切な人たちだった」と振り返る。いじめ、差別、諦め——それでも前を向き続けた河除さんの半生を追った。

河除静香さん(51) 写真=細田忠/文藝春秋

「お前に基本的人権はない」と言われた中学時代

 河除さんが初めて差別的な扱いを受けたのは、保育園のころから始まる。小学校では「気持ち悪い」「ばい菌」と直接的な言葉を浴びせられ、叩かれることもあった。中学校に上がると、いじめはより巧妙になっていく。

「給食の時間に男子たちが私の机を取り囲んで、『これくれよ』って言ってきて。私も嫌と言えんで、食パン1枚しか残らんかった」と河除さんは語る。なかでも最大の衝撃を与えたのは、社会の授業中に放たれた一言だった。「基本的人権」を学ぶ授業後、「お前に基本的人権はない」と言われたのだ。

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 それでも河除さんは、いじめられていることを親にも先生にも打ち明けられなかった。「内弁慶やったので、弱いところを見せたくないというか、いじめられていることが恥ずかしくて言えんくて」。心の内を吐き出す術は、ノートに「死ね死ね死ね」と書き殴ることだけだったという。

 それでも河除さんを支えたのは、数少ない大人たちの存在だ。手術を終えて登校するたびに「きれいになったな」と声をかけてくれた先生がいた。見た目は実際には何も変わっていない。それでも、その言葉が今でも鮮明に残っている。「寄り添ってもらえるということは、今でも覚えとるぐらい大きい出来事やった」と河除さんは言う。

 就職活動でも壁は続いた。希望していたブライダル業への道は、履歴書が返送されるばかりで面接にすら進めなかった。唯一、面と向かって話してくれた会社が残した言葉が「あなたのような見た目の人を採用することはできない」だ。

 当時20歳だった河除さんはその場では受け入れられなかったが、年月が経つにつれて見方が変わった。「きっとこの子が同じことを繰り返さんように、この業界で働くのは難しいことを伝えてくれようとしたんだろうな」。そう思えるようになったのは、時間と経験があってこそだろう。

 ブライダルが駄目なら葬儀の方へ——そう切り替えた河除さんの姿勢を、本人は「前向きというか単純」と笑い飛ばす。そのたくましさの裏側に、長年積み重ねてきた痛みと、それを乗り越えてきた時間が静かに刻まれている。

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