唯一の大人はシェリル・サンドバーグ
ところがである、彼の顔はますます青ざめ、汗は滝のように流れ落ちはじめた。あとから思えば、壇上での大失態もやむをえない。2004年にザッカーバーグがハーバードの大学寮で「ザ・フェイスブック」を立ち上げてから、拠点をパロアルトに移すまでの間も、話す機会は頻繁だったが、大がかりな公開インタビューをやったのは一度きりだった。しかも、単独ではなかった。
最高執行責任者(COO)を当時務めていたシェリル・サンドバーグが隣に座り、厳しい質問を巧みにかわしていた。
若者ばかりで経営の経験がないフェイスブックの経営陣に唯一の「大人」として加わったばかりのサンドバーグは、このときのインタビューで経営幹部としての有能さをさりげなく発揮したが、彼女の役割はどちらかと言うと博識なお姉さんのような感じだった。
彼女は長年、いろんな意味でマークに安心感を与える存在だった。フェイスブックに入社する前にいたグーグルでは、高収益を生み出すアドワーズ部門を率いていた。私はこのグーグルが作り上げたデス・スターとも言うべき重要部署から彼女が脱出しようとしているのを嗅ぎつけ、スクープしたことがあった。サンドバーグが異常なほど社交的にぎこちないザッカーバーグと運命的な出会いを果たしたのは、ある年末のホリデーパーティーだった。出会ってまもなく、しかも先を見通して、ザッカーバーグの右腕としてフェイスブックへの入社に合意し、入社後はフェイスブック全体を管理したと言ってよいほど多岐にわたる業務を統括した。
彼女の入社は、ザッカーバーグにとってありがたかっただろう。急成長中のフェイスブックを一緒に経営できるビジネスパートナー探しに苦労していたところへ、申し分のない人材を探し当てたのだから。2007年、マイクロソフトから2億4000万ドルの出資を受けると、フェイスブックの評価額は前代未聞の150億ドルに膨れ上がった。にもかかわらず、経営は混乱続きだった。ビル・ゲイツが助言者役を買って出たが、その後10年間、そばでザッカーバーグを支えたのはサンドバーグだった。
