月1回は救急搬送…「実はナイーブ」な素顔

 しかし、テレビで見せているのが本当の姿とは限らない。和田は「ゴッド姉ちゃん」のイメージに苦しんでいた。本当はナイーブで泣いてばかりいるのに、豪快で乱暴なイメージばかりが先行していたからだ。

 週刊誌に「若い芸能人をいじめている」と書かれると「うちはもう芸能界をやめる。誰もうちのことをわかってくれへん。うち死ぬ」と母に電話して涙を流した。このときは父から「自分の人生を粗末にしたらアカン」と留守電が入ったという。あれだけ憎悪していた父とは、この頃には和解していた。大人になって、かつての父の愛情を理解したらしい。(和田アキ子『みんな大好き』小学館)。

 本当の和田を知っている周囲の感想は、ほぼ一致していた。

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 森繁久彌は「非常にデリケートな、いい女ですねぇ。泣き虫だということは人がいいんだ」と語る(『現代の肖像』)。共演が多かったせんだみつおも「実は驚くほど繊細な女性」と評していた(せんだみつお『タレント、父親、普通人 窓ぎわのコメディアンのホロリいい話』リヨン社)。山口百恵をプールに突き落とす前にも、心配して何度も確認をとっているところを目にしたという。

 胃けいれんが持病で、月に1回は救急車で運ばれていた。原因は極度の緊張とストレス。あがり症で、本番前は食事を受け付けないが、終わると安心して大酒を飲む。すると、胃に激痛が走って七転八倒することになる。

 和田が酒乱なのは確かだ。逸話は枚挙に暇がない。男子禁制・禁煙禁酒のホリプロの女子寮に男たちを連れてなだれ込み、堀ちえみや大沢逸美を叩き起こして酌をさせたこともある。懇意だったビートたけしに(物理的に)噛みついて、一時期疎遠になったこともあった。有吉弘行につけられたあだ名「リズムアンド暴力」はけっして大げさではない。

 せんだは和田の酒乱ぶりを冷静に観察していた。

「いろんなことに気がつく人だし、女らしい優しさもある。ただ、テレ性で、そういう自分を見せるのが恥ずかしいから、大声を出したり、豪快にお酒を飲んでみせ、男っぽい素振りをしているだけなのだ」(同前)

 和田は“和田アキ子”というイメージを守り続けたが、本当の自分とのギャップに苦しんでいた。前述の筑紫との対談では「家を一歩出たら、もう和田アッコですよ。いっちゃ悪いけど、素顔なんか見せたことないですもの」と語っている。

(左から)ジャンボたかお、和田アキ子(和田アキ子公式Instagramより)

マネージャーと結婚→離婚→再婚するも…

 マネージャーの小林甫と結婚したが、すれ違いが続いて数ヶ月で離婚。人一倍さびしがりで、愛されたいと強く思っていた。どんなに忙しくても家のことは全部やった。しかし、和田が求める愛情が満たされることはなかった。離婚後はさらに酒の飲み方が荒れたという。

 78年に『うわさのチャンネル!!』を降板すると、ヒット曲から遠ざかり、79年には『NHK紅白歌合戦』にも落選した。折しも漫才ブームが吹き荒れ、歌番組は減少し、バラエティ番組からもお呼びがかからなくなった。この頃を和田アキ子の「氷河期」と表現する人もいる。

 81年、ドラマの撮影で知り合ったテレビカメラマンの飯塚浩司と再婚。しかし、さらなる大きな悲劇が和田を襲う。

次の記事に続く 「子供が産めなくなったら、やっぱり男だったって言われる!」結婚直後に子宮を全摘出…絶望した和田アキ子を救った「夫からのメッセージ」

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