“近江湖の辺の道”という道しるべを進むと…

「え? そっちに道あるの?」と思ったが、とりあえず進んでみると、確かに道があった。

ここで行き止まりかと思いきや、道しるべがあり、遊歩道が続いているようだ

 現役の道なのか怪しい道だったが、歩いた先に畑があり、なんと人がいた。せっかくなので、話を聞いてみた。ずっと菅浦で暮らしてきたという古老に昔のことを聞くと、懐かしそうに話してくれた。

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 しかし、こののどかな集落に秘められた真の歴史は、古老の穏やかな笑顔からは想像もつかないほど“過酷で血みどろ”なものだったのだ——。

次の記事に続く 「私が小さい頃は、道路はなかったですよ」と古老は語った…数十人が亡くなった隣村との血みどろの争い、侵入者は捕らえて罰を与えていた集落の“長老衆”に尋ねてわかった“琵琶湖最北部の村”の現在

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