部屋の中で傘をささないと暮らせない家も……
自宅で学習塾を開いていた女性は、私に、こう語った。
「雨が漏りだすと、子どもたちが机を抱え、本が濡れない場所を求めて室内を移動しました。あまりに雨漏りがひどいときは、授業を中止しました。うちだけではありません。部屋のなかで傘をささないと暮らせないお宅もありました。
そこでは雨水が滴る天井に、洗濯機の下に敷くプラスチック製の防水パンを張りつけ、それで受けた水を、ホースを通してバケツに溜めて処理をしていた。部屋が丸ごと黒カビに覆われて住めなくなった家、カビで子どもが喘息発作をくり返す家、高齢者が原因不明の高熱を発する家、家族の絆が断ち切られ、離散した家もありました」
雨漏りで一家離散と聞き、にわかには信じられなかった。
当初、公団もマンションの住民たちも、建物の欠陥が表沙汰になるのを恐れて口をつぐんだ。欠陥が発覚したら住戸の資産価値が下がるからだ。
だが、悪評を抑えきれないほど欠陥はひどかった。14階建ての高層棟では、多くの住戸が大雨の降るたびに窓と壁のすき間から水が吹き込み、水浸しになった。
そのころ、欠陥に関して、公団には2年間の補償義務が課せられていた(現在の瑕疵担保責任の期間は10年)。被害を受けた住民たちは、個別に公団と補償の交渉をしたが、あれこれ言いつくろわれて埒があかず、管理組合が公団と向き合った。
その事情が、入居開始から2年後の1991年1月13日、朝日新聞多摩版の小さな記事で報じられた。記事のなかで、公団東京支社の品質管理課の課長は、次のように弁解している。
〈「夏ごろから補修の申し入れがあったので、順次サッシを調整したが、効果のないものもあった。全戸同じように直したので、いま管理組合と話し合いをしているところだ。また、施工業者に補修を催促しているが、職人不足でスムーズにいかない」〉
品質管理課長は、欠陥が生じた背景について、次のように述べている。
〈「このマンションは丘の上にあるため、風が増幅されて予想以上に強くなった。サッシは基準どおりのものを使っている」〉(同前)。
高層棟のすべてのサッシが交換され、ひとまず騒動は収まったかにみえた。が、小手先の修理では対応しきれないほど大きな欠陥がマンション群を蝕んでいた。
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