突然「バチーン!」という音がして、右目に走った激痛
――2020年5月18日に、トレーニング中の事故によって視覚障害を負ったと伺いました。
松本 そのとおりです。当時はニュージーランドのハミルトン・ワンダラーズというチームに所属していて、ジムで広背筋を鍛えるためにチューブを引くトレーニングをやっていると、突然「バチーン!」という音がしたかと思ったら、右目に激痛が走ったんです……。チューブを固定していた金具が破損していたらしく、金具が右目に、チューブが左目に直撃したことがのちにわかりました。
――当時、どのような感覚、心境でしたか。
松本 それまでも深刻な怪我を経験してきましたが、比にならない激痛で、瞬時に「これは右目が潰れた」と理解しました。不思議なんですが、同時に、「これからはパラスポーツの陸上もやるのかなぁ」なんて考えている自分もいましたね。
怪我の瞬間は、左目が傷を負っていることにはまったく気づいていませんでした。ところがしばらくすると、左目の視界もかなり白んでいてぼやけてきて。
たしか病院に着いたとき、自分の目から出てきたゼリー状の白っぽいものを「これが眼球だ」と思って握りしめていました。が、どうも違ったらしく、病院で処置を受けるときにゴミ箱に放られてしまったことを記憶していますね……。
――スポーツ選手としては、非常に絶望する状況ですよね。現在の目の見え方はどんな感じなのでしょうか。
松本 右目は光を感じることはできます。なんとなくの雰囲気で、「このへんに何かいるかも」というのもわかりますね。左目は、相手チームのシルエットがわかる程度でしょうか。最初は遠近感がつかめなかったり、ぼやけてみえるので苦労することがたくさんありました。リハビリ当初は、浮き球の処理はあまり得意ではなかったですね。
テクニックで勝負するタイプの選手ではないからこそ
――視力を失ったことで、プレースタイルに変化はあったのでしょうか。
松本 私はもともとテクニックで勝負するタイプの選手ではないので、もしかするとそれも、視覚障害を負っても続けようと思えた要因のひとつかもしれません。「数センチの狂いも生じないセンタリングをあげられる」みたいな選手ではなく、「とにかく泥臭く走って走って」というタイプなんです。逆に言えば、体力には自信があります。現在37歳ですが、さまざまなチームに所属して自分の年齢のほぼ半分の選手たちと一緒に走ってきて「体力でかなわない」と思ったことはないですね。
――リハビリ中には辛いこともあったのではないでしょうか。競技を引退することを考える選手も少なくないと思います。
松本 もちろんリハビリ中につらいことはたくさんありましたが、最初から「ポジションは右サイドバックだし、右目が使えなくても何とかなりそうだな」とも思っていました。
それまでも怪我や病気になるたびに復活してきたことから、「今回も必ずなんとかしてみせる」と考えられたことは大きいかもしれません。
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怪我や病気になるたびに復活してきたと語る松本選手。実は、右目を失明する以前にも、彼は単身で渡った海外で「あわや脚を切断」という恐ろしい事態に見舞われていたという。続く第2回では、彼が世界各地で経験した、常識外れな「サバイバルエピソード」の数々と、現在の驚きの私生活を明かす。
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