まずかったら戻ればいい
談志が一門を出ることを決意したのは5月だが、正式に脱退したのは6月30日である。その前日、小さんの芸歴50周年を記念し開催された『東横落語会』において、小さんと談志と小三治が座談会を開いている。そのときの音源を聴くと、談志が怒りにまかせて一門を飛び出したというイメージは根底から覆る。
何より、このタイミングで2人が共演していたという事実に驚く。
談志は師匠を前に緊張している様子など微塵も感じさせない。そして、平然と言ってのける。
「(師匠は)何しても怒らない。つまり、いい人だからね」
談志の態度は安心し切っているようにも、侮っているようにも感じられる。それに対し、小さんは終始、鷹揚に応じている。
「うまくいきゃいいし、まずかったら戻ってきたらいいし。まあ、いちおう、やりたいっていうからやらしときますよ。はははははは」
こんな師弟関係があるものなのかと驚嘆するが、そんな第三者の思いを代弁するかのように小三治がこう口を挟んだ。
「(三遊亭)圓生師匠だったら烈火のごとく憤って、絶句して、破門にするか、自分が死んじゃうか、どっちかですよ。(師匠は)感じないわけないですよ。どのぐらい心を痛めてるかわからない」
小三治は小袁治と同じことも言っていた。
「うちの師匠は弟子をクビにしてないでしょ?」
談志が応じる。
「私はなってないもん。破門なんて、言われたことないもん」
堂々とこう言っているのだから、この時点で破門になっていなかったことは確かだろう。
とはいえ、後年、本人も破門されたと話していたし、小さんも本気とも冗談ともつかない口調で「あいつは破門した」と言ってはいた。
ここでもまた、事件である。そうせざるをえない事件があったのだ。
※本記事の全文(約9000字)は、月刊「文藝春秋」8月号と、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(中村計「『破門されてなお』柳家小さんと立川談志」)。 全文では、下記の内容をお読みいただけます。
・わざと人を怒らせる談志
・「俺の方がうまい」という自負
・「人間関係はいい誤解か悪い誤解」

