夏休みの真っただ中、丹波高原でのラグビー部合宿に荒木は参加することになった。朝6時に起きて山道を走る。ボールをパスしながら走り、日暮れ前にまた走る。夜遊びする気力すらなく、雑魚寝部屋の布団に入ると、あっという間に次の朝が来た。タバコを吸って放蕩生活に慣れていた荒木には地獄のようだったが、1日また1日と過ぎるうちに少しずつ景色が変わってきた。これほど苦しいことに耐えられたのは初めてだった。諦めていた自分の未来に微かな光が差し込んだ気がした。荒木は合宿を完走した。

 あらゆるものを絞り尽くすような7日間を終えて、ラグビー部は帰路に就いた。夏の夕暮れ、蒸気機関車に揺られながら荒木はひとつの決意をした。席を立ち、同じ車輛の山口のもとへ向かった。

「先生、俺、このままラグビーやってもいいかな――」

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初の全国大会優勝で選手を抱きしめる山口良治 ©朝日新聞社/時事通信社

「お前だけの体じゃない」

 ラグビー選手として青春を過ごすようになった荒木だが、かつての悪友との縁が断ち切れたわけではなかった。高校2年の夏のこと、京都駅付近で昔の仲間に会った。彼は相変わらずバイクを乗り回していた。久しぶりにケツに乗らないかという誘いを荒木は断った。合宿を目前に控えた時期であり、山口からはチームメイトのためにも道を外れた行動はするなと言われていた。だが、「いいから乗れよ」とせがむ友人の誘いを最後は断りきれず、2人乗りで街へと繰り出した。

 バイクが爆音を上げて走り出した矢先、急に右折してきた車と衝突した。交差点に投げ出される。宙を舞いながら、死が脳裡を過った。とっさに頭をかばって膝から叩きつけられたことで命は無事だったが、そのまま緊急入院した。

初の全国大会優勝に涙する伏見工ラグビー部 ©共同通信社

 誰にも合わせる顔がなかった。積み上げてきた何かが壊れてしまったような気がした。病院で沈んでいると、山口が駆け込んできた。ギプスをはめた荒木の足を見ると、「こんなものすぐに外せ! 秋の大会に間に合わないだろう」と言った。山口は荒木を自分の知人がいる病院へと転院させた。そして、事の顛末を聞くと、「お前だけの体じゃないんだぞ」と、目を潤ませた。

※この続きでは、山口良治の教え子たちが、さらに登場します。約1万字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』と『文藝春秋』2026年8月号に掲載されています(鈴木忠平「スクール☆ウォーズ 山口良治が遺したもの」)。

■鈴木忠平(すずき・ただひら) 1977年、千葉県生まれ。日刊スポーツでプロ野球を16年間担当、2016年独立。著書に『嫌われた監督』『アンビシャス』『いまだ成らず』(いずれも小社刊)など

文藝春秋

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スクール☆ウォーズ 山口良治が遺したもの

出典元

文藝春秋

【文藝春秋 目次】高市早苗研究 裏切りと涙のサナエ劇場/米追従は自殺行為だ E・トッド/特集 70歳からが最幸

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