“ミスタープロ野球”長嶋茂雄が逝去して1年。読売ジャイアンツの監督として二度の日本一に輝いた一方、やはり不世出の野球人を国民的スターへ押し上げたのは、打席での記憶に残る雄姿だ。
入団2年で65勝を挙げた中日ドラゴンズの権藤博、広島東洋カープで完全試合一度を含む、三度のノーヒットノーランを達成した外木場義郎、“カミソリシュート”を武器に「長嶋キラー」として名を馳せた平松政次。不滅の男に真っ向勝負を挑んだエースたちが「打者・長嶋茂雄」を語り合った(構成 田口元義)。
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誰も打てない球を打つ
権藤 私はプロ初登板が巨人戦。その日は、三番サードだったミスターが打席に入った時、プロ入り前からテレビで見ていた人をはじめて目の当たりにして、「これが天下の長嶋か……」と。それで2ボールから真っすぐをガツーンとやられ、レフトフェンスの一番上を直撃するツーベース。通算で100打席ほど対戦したけれど、あれが一番いい当たりだった。
外木場 みんなが打てないようなボールを打つのが長嶋さんでした。長嶋さんにしかできない打撃技術がありました。私が強く印象に残っているのが、1971年、後楽園球場で7回2アウトまでノーヒットに抑えていながら王さんにフォアボールを出して、次の長嶋さんに同点ホームランを浴びた試合です。高めのボール球を、いわゆる“大根切り”で上から叩きつけられ、弾丸ライナーでレフトスタンドまで飛ばされたんです。あんなホームランは、長嶋さんにしか打てませんよ。
平松 1970年に対巨人戦の連続無失点を33イニングで止められたのが、長嶋さんのホームランでした。同じようにとんでもない高めのボールを、大根切りで打たれたのですが、これには裏話があって、打たれた打席で当時、大洋の捕手だった大橋勲さんが、投球動作中に急に立ち上がって中腰になったんです。「えっ、大橋さん何やってんの?」と思いながら、絶対にバットが届かないような高めに軽いボールを投げたつもりだったんですが……見事にやられてしまいました。
これは想像ですが、1人のピッチャーに天下の巨人軍が抑え続けられていたら、ファンが許しません。おそらく、打席に入った長嶋さんが恐ろしいほどに集中していたのを見た大橋さんは「どんなボールを投げても打たれる」と思って、慌てて立ち上がったんだと思います。ところが、その1球を狙いすましたように打たれてしまった。
あとから聞くと、長嶋さんはいつも高めのボール球を大根切りで打つ練習をしていたそうです。1年目の開幕戦で金田正一さんから4打席連続三振を喫してから、「頭の上から降ってくる金田さんのカーブを打つためにはこれしかない」と。
権藤 キャンプ中のティーバッティングから「そこは誰でも打てる。もっと高く上げろ」とか「もっと近く!」とか、いつも“悪球打ち”の練習をしていたらしい。
平松 知っていたら、低めにワンバウンドのボールを投げていたのに……。未だに悔しいです(笑)。


