「離したくはない」「Bye For Now」「マリア」「じれったい愛」――いくつもの大ヒット曲を生み出し、今も多くの人たちに愛されている伝説のバンド「T-BOLAN」。8月10日には、“ラストライブツアー”と銘打った全国公演の千秋楽が控える。
これまでいくつもの困難を乗り越えてきたT-BOLANだが、中でもベースを担当する上野博文さん(61)は、2回にわたって“奇跡の復活”を遂げている。例えば2015年には、くも膜下出血を発症。医師から「寝たきりになる可能性が高い」と言われながら、懸命なリハビリを経てステージ上への復活を果たした。
発症の数年前から、片頭痛がピタッと止んでいた
「タバコは1日に2箱いかないくらい。お酒は飲まないので、生活習慣で思い当たるのって、タバコくらいしかないんですよ。ただ当時はコンビニ弁当を頻繁に食べていたので、食生活は偏っていました。高カロリーだったので、高血圧にはなっていたんじゃないかなと思いますね」
上野さんは、発症当時の生活事情についてこう話す。また、昔から重い片頭痛に悩み薬を常備していたというが、くも膜下出血を発症する数年前からピタッと止んでいた。
発症した当時の記憶は「全然ない」。バンドのリハーサルが入っていた日に、ふだんは遅刻をしない真面目な上野さんが来なかったことでメンバーが心配し、交通事故に遭っていないかなどを調べていったという。最終的に、マネージャーが上野さんの自宅まで行き、カギを開けて中に入ると玄関で倒れている姿を発見された。
「マネージャーが部屋に入ったら、なにもかもがバタバタに倒れていたそうです。身体が麻痺して思うように動かなかったはずなので、家にある色々なものを掴みながら最終的に玄関で倒れたんじゃないかな」
医師からは「生きているのが不思議」と……どうやって、奇跡の復活を遂げたのか?
くも膜下出血の経験者は「激痛だった」と語る人も多いが、上野さんの場合は特に痛みに襲われた記憶もないという。
「僕の場合は出血が起きた箇所が前頭葉なのですが、細い血管がぷつっと1回切れて、意識がなくなったようです。それが回復して、また切れる。そうやって出血を繰り返していたのではないかって、医師からは聞いています」
発見されたのは、発症から5日後とされる。記憶こそ残っていないが、のちに聞いたところによると最初に搬送された病院ではまだ意識があり、名前を名乗っていたという。その病院ではCT設備がなく転院することになり、その際に救急隊員と話してから、意識を失った。
転院した先で、医師から家族に対して「何かあった時には覚悟をしてください」と伝えられ、のちに「発症から明らかに24時間以上は経っていたので、生きているのが不思議なくらい」とも伝えられたという上野さん。ここから、どのように奇跡の復活を遂げていったのか?
続くインタビュー記事全文では「頭がペコペコ」になる手術をしたエピソードや、頭蓋骨を外したまま数カ月過ごした日々の記憶など、治療から復活するまでの経緯をまとめています。
INFORMATION
●チケット情報
T-BOLAN LAST LIVE FINAL CHAPTER
2026.08.10 NIPPON BUDOKAN
This Journey Never Ends-
日時: 2026年8月10日(月) 開場 17:30 / 開演 18:30
会場: 東京・日本武道館
詳細はこちらまで→ https://t-bolan.bzone.co.jp/special/last-live-budokan/#additional-sale
お問合せ:DISK GARAGE https://info.diskgarage.com/
T-BOLANオフィシャルサイト:https://t-bolan.bzone.co.jp
武道館公演特設サイト:https://t-bolan.bzone.co.jp/special/last-live-budokan/

