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25年前「結婚の儀」リハーサルで微笑んだ小和田雅子さん

皇居・賢所で行われている皇室の祭祀とは

2018/09/24

心が変わることによって、形が変わる

「手抜きがない」というのは、賢所の伝統だと思います。よく「形は変わっても心は変わらない」ということが言われますね。私は、そうではないと思うんです。心が変わることによって、形が変わるんですよ。もちろん、自分の技量が足りないという問題が、最初はあるかもしれません。それでも、色々と突き詰めてやっていくのが普通なんです。形を変えて、上辺だけでやってしまうと駄目なんですね。私たち掌典補も神様のお食事をこしらえる時、例えば鯛を薄切りにして円筒状に形作る場合、「できるだけきれいに」と心を込めてこしらえます。そこで、「ここまでやる必要があるのだろうか」と思って手抜きをすれば、心が変わってしまっている。あるいは「ちょっと、この鯛は高価すぎるのではないか」と感じてしまうこともあるのですが、神様に対して「ぜいたく」はないんですよ。

「高御座」と「御帳台」。京都御所・紫宸殿 ©共同通信社

 私がご奉仕させていただくようになってから、大正年間に内掌典として賢所へ入っておられたある内掌典がいらっしゃいました。京都で執り行われた昭和天皇の御大礼も経験された方です。退職される時に、貯金がどれくらいあるのか伺ったら、思いもよらないほど少ない額でした。何十年もおられて、倹約した生活をなさっているのに、と非常に驚いたのです。戦後直後の一時期は、物資が不足していたために、神様にお供えするものが粗末になってしまった。その方は、少なくとも自分が頂く以上のものを神様にお供えしたい、そういう思いで、ご自分の持ち出しもあって、神様のお食事を用意されていた。歴代の内掌典の方々には、妥協する心や「まあいいか」という姿勢が全くありません。本当にすごいことだと思います。

絶えたことのない「御燈」

 賢所には、「御燈(ごとう)」という絶えたことのない火があります。朝夕には土器に菜種油を注ぎ足して、消えることがないようお守りするのも内掌典の仕事です。油が多すぎても少なすぎてもいけませんし、煤がたまってしまうと火が大きく燃え盛った後に消えてしまうことが考えられるので、適度に煤を払います。地震があった時などは、真夜中でも内掌典が火の無事を確かめるそうです。また平時の御用や宮中祭祀など、すべての作法は口伝(くでん)で伝えられ、記録として書き残されているものはありません。こうして、現代に受け継がれてきた伝統なのです。

2018年9月14日、西日本豪雨被災地お見舞いのため、岡山県を訪問された天皇皇后両陛下 ©JMPA

 今上陛下がお持ちになっている宮中祭祀へのお気持ち、これは物凄いものだと思います。皇后陛下も同じです。昭和天皇に勝るとも劣らないと、私は思っています。ご自分がお参りできるものは、どんなことがあってもお参りされる。宮中祭祀を一番になさってこられましたよね。それは昭和天皇も同じご姿勢でした。今上陛下がお父さまの後姿をご覧になってやってこられたからこそ、平成という時代がここまで続いてきたのだと、30年を振り返りあらためて思っています。

そうぎ・よしあき 1948年京都府生まれ。1973年、宮内庁京都事務所から掌典職に異動。昭和天皇大喪儀、今上陛下の即位・大嘗祭を担当、伊勢神宮の式年遷宮も二度務める。2014年より御香宮神社権禰宜。

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