1965年(昭和40年)、西日本を震撼させた連続強盗殺人事件。わずか1ヵ月半の間に50〜60代の男性8人が次々と惨殺されたこの事件は、殺人事件としては日本初の「広域重要指定事件」に指定された。

写真はイメージ ©getty

 逮捕されたのは、前科8犯・古谷惣吉(当時51歳)。裕福な家庭に生まれながら、4歳で母を失い、虐待、親戚のたらい回し、そして少年期からの犯罪と服役――その壮絶な生い立ちが、一人の凶悪犯を形成していく。

8人を殺した男の「逮捕の瞬間」

 大量殺人の幕が開いたのは1965年10月30日のことだ。2ヵ月前に廃品回収業者から奪った約60万円を旅行で使い果たした古谷は、兵庫県神戸市垂水区で全く面識のないAさん(当時57歳)をロープで絞殺。現金約500円と腕時計を奪って逃走する。その後も琵琶湖畔の売店管理人、福岡の英語塾講師、京都や大阪のバラック小屋に住む廃品回収業者と、次々に命を奪い続けた。

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 なかでも異様なのは、福岡県の英語塾講師Cさんを刺身包丁で殺害した際、遺体からズボンを剥ぎ取り、ほつれのあった自分のズボンと交換したことだ。

 このズボンに、以前の被害者Aさんのフルネームが入ったタグと、垂水区内のスーパーのレシートが残されていた。それが逮捕への決定的な糸口となる。

 逃走を続ける古谷を追い詰めたのは、モンタージュ写真を見た元担当刑事の証言だった。「1951年の事件で取り調べた古谷惣吉と酷似している」――その一言が捜査の方向を定めた。

 1965年12月12日深夜、古谷は兵庫県西宮市のバラック小屋でさらに2人をハンマーで撲殺。その直後、付近を巡回していた警察官3人に取り押さえられ、ついに逮捕された。

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 8人の命を奪った男はその後⋯【事件の全貌】は以下のリンクからお読みいただけます。

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