1965年、わずか1ヶ月半の間に男性8人が惨殺され、日本初の「広域重要指定事件」となった連続強盗殺人事件。犯人は前科8犯の男・古谷惣吉(当時51)だった。

 裕福な実家に生まれながらも、母親の死や虐待、親戚のたらい回しに遭う過酷な少年期を過ごした古谷。不良化して塀の内外を行き来するなか、1951年に小銭目当ての「最初の殺人」に手を染める。

 10年の服役を経て50歳で仮出所した前科者は、なぜ再び大量殺人へと暴走したのか。逮捕の引き金となった遺体の謎と、狂気に満ちた男の末路に迫る――。鉄人社の新刊『高度経済成長期の日本で起きた37の怖い事件』よりお届けする。(全2回の2回目/最初から読む

ADVERTISEMENT

写真はイメージ ©getty

◆◆◆

大量殺人の幕が開く

 大量殺人の幕が開くのは1965年10月30日。

 2ヶ月前に福岡市の廃品回収業者の男性(当時69歳)から奪った約60万円(現在の貨幣価値で約583万円)で日本を縦断する観光旅行を楽しみ金を使い果たした古谷はこの日、兵庫県神戸市垂水区に現れる。

 そこで、全く面識のない廃品回収業のAさん(同57歳)の家を訪ね「泊めてくれ」と頼んだところ、Aさんが「警察に相談しろ」と追い返そうとしたため激怒し、近くに落ちていたロープで相手の首を絞めて殺害。現金約500円と腕時計などを奪って逃走する。

 2日後の11月2日、滋賀県大津市錦織の琵琶湖畔の海水浴場で売店の管理人を務めるBさん(同59歳)を絞殺。管理人事務所内を探し回ったものの金目のものは見つからず、代わりに現場に自分の指紋6個を残した。これが後の逮捕の決め手となる。