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マラソン世界新記録樹立 キプチョゲはなぜ異次元のタイムを出せたのか

果たして日本のランナーは同じ境地にたどりつけるのか

2018/09/21
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 2時間1分39秒。

 この記録を見て、日本のマラソンランナーたちは何を感じただろうか?

 今月16日に行われたベルリンマラソンで、エリウド・キプチョゲ(ケニア)がマークした世界新記録は、まさに異次元の数字だった。

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ベルリンで圧巻の走りを披露したキプチョゲ ©getty

 従来の世界記録(デニス・キメットの2時間2分57秒)を1分以上更新し、今年2月に設楽悠太(HONDA)が更新した2時間6分11秒の日本記録とは実に5分近くの大差をつけている。

「フルマラソンで2時間を切る」ことを目標に

 実は、この大記録の樹立には前段がある。

 5年前からスポーツメーカーのナイキが「フルマラソンで2時間を切る」ことを目標に、「Breaking2」と題したプロジェクトをスタートさせていた。キプチョゲはそのプロジェクトに参戦したランナーのひとりでもあった。

 実際のトライアルは昨年5月、F1ファンの間で高速コースとして名高いイタリア・モンツァのサーキットで行われた。

 周回コースを用いて複数のペースメーカーが交代でつけられたり、特殊な給水方法を実施したりと、公認条件下ではなかったため、公式には記録認定されなかったものの、キプチョゲは当時の世界記録を大きく上回る2時間00分25秒で42.195kmを走破した。この経験が、今回の記録達成の一助となっているのは間違いないだろう。

 モンツァの地でプロジェクトを取材した時に最も顕著に感じたのが、キプチョゲの持つ冷静さと、メンタル面の強さだった。

取材に応じるキプチョゲ ©文藝春秋

キプチョゲだけが実現可能性にまで言及していた

「Breaking2」にはキプチョゲ以外にも数名の世界的な有力ランナーが参加し、それぞれ万全のサポートの下で記録を狙っていた。それでも、取材に参加したメディアの間では「記録を出すとしたらキプチョゲだろう」という空気が漂っていた。

 その理由は、キプチョゲが唯一、この「2時間切り」という途方もないプロジェクトを、現実的に捉えているように見えたからだ。

 他の選手たちが、記録の話をすると苦笑しながら「ベストを尽くす」「出来る限りの努力をしようと思う」という紋切型の答えに終始する中で、キプチョゲだけが実現可能性にまで言及していた。

「2時間を切ることは、もちろん可能です。そのために練習をしていますから。本当に実現できると思っていなければ、やる意味がないでしょう?」

 トライアルが行われた時点でのキプチョゲのマラソンのベスト記録は2時間3分5秒。もちろん素晴らしい記録ではあるが、2時間を切るにはさらに3分以上もタイムを短縮しなければならない。それを「可能」と言い切るのは、日々のトレーニングはもちろん、自分のあらゆる可能性に蓋をしない、精神面の強さの現れだったように思う。