モデルの道へ導かれて

――モデルになったきっかけは?

かわけい 競技しているときにNIKE(ナイキ)のスニーカーの広告の仕事をいただいたんですけど、水泳のメーカーのスポンサーに「競合になるからその仕事は受けちゃダメ」と言われてしまって。他にも新聞の取材とかいろんな仕事が来てたんですけど、全部連盟に相談したら「連盟のこの方に相談してください」と言われて。相談しました、って言ってもまた「こっちに相談して」って言われて……。

――たらい回しに。

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かわけい 「どこに相談したら、俺はいつ仕事を受けられるんだ?」みたいになってたら、取材やいろんな話が立ち消えてしまって、イライラがたまって。そういうタイミングで、イタリア発祥のブランドDIESEL(ディーゼル)から仕事をいただきました。そこの方々が「かっこいいから絶対イケるよ!」と言ってくれたのがピンと来て。それが、モデルを本格的に目指すきっかけになりました。

©︎文藝春秋

「義足を隠さない」と決めた理由

――パラ競泳を辞めたタイミングで、動画クリエイターへの道が見えてきたんですね。

かわけい 最初はご飯を食べていけるほどではなかったですけど。

――当時から、ご自身の義足について語る動画でしたか?

かわけい その当時のTikTokってまだ中高生がダンスしているだけみたいなのばかりで、何をしたらいいか分からなくて、僕も踊ったりもしていましたね。何でも、できることはチャレンジしていました。

――ご自身のSNSやYouTubeをたくさんの方が見ているという実感はありましたか?

かわけい 去年、動画クリエイターたち5人でフリーマーケットをやる企画に参加したんですけど、そこに来てくれた人は、思っていたより年齢の幅が広かった。料亭をやっているおじいちゃん、40代50代の旦那さん、中学生。あとは4歳児を連れたお母さんも「見てます」みたいな感じで来てくれて。

©︎文藝春秋

――ほかにも手応えを感じたことはありますか?

かわけい 僕の動画を見て「義肢装具士を目指す」と決めた方や、実際に義肢装具士になった方もいます。「子どもの障がいについて悩んでいたけど、これからは気軽に見守ってあげようと思います」という親御さんから連絡が来たり。僕の発信が誰かの勇気になっている部分があるんやなと感じて、また「自信を持って発信しよう」と思いました。