利常がなぜここまで利長に敬意を払うのか……一般的には自分を後継ぎにしてくれた恩義という解釈もありますが、そのレベルではありえない。利長が家を守るため、国を守るため、自分の身を犠牲にしたということを利常は知っていたからだ思ったものですから、批判の矢が飛んできたとしても、ここはしっかり書くべきだと決断しました。
前田家のバランス感覚から、現代の日本が学べること
――戦国から江戸、そして明治へという大きな歴史の流れを見た時に、前田家の歴史から現代の私たちが学べることはどこにあるのでしょうか。
安部:今はもう、成長を目指し拡大を目指してお互いにぶつかり合うような時代ではないと思います。地球環境がこれだけ激変していて、これからは食料危機、水危機が一挙に襲ってくるでしょう。そういう中で持続可能な体制を作っていくには、地方分権・農本主義の体制を確立しないと日本はもたないと僕は思っています。
家康がそういう体制を作ろうとした理由は、彼の信仰にあると思っているんです。本陣旗には「厭離穢土、欣求浄土」と書かれています。この世を浄土のように変えていくという、家康の基本的な政治目標があった。平等主義、不殺生、格差のない社会、みんなが生きていける社会、そういうものを政治体制として実現するため、あらゆる叡智を集めて作り上げたのが幕藩体制の基礎なんです。
そこから現代人が学ぶとすれば、まず敵意とエゴイズムをどう克服するかということです。
※加賀前田家が実践してきた「敵意とエゴイズムの克服」とは——。この続きで詳しく語られています。約6700字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』に掲載されています(安部龍太郎「日本は前田家のバランス感覚に学べ」)。
安部龍太郎(あべ・りゅうたろう) 1955年福岡県八女市(旧・黒木町)生まれ。2005年『天馬、翔ける』で中山義秀文学賞、13年『等伯』で直木賞を受賞。作品に『関ヶ原連判状』『信長燃ゆ』『迷宮の月』『家康』『ふりさけ見れば』など多数。近刊は、大河長編『銀嶺のかなた』(第1巻『利家と利長』、第2巻『新しい国』、第3巻『みやびの楯』)。
