現在放送中のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』。ゆかりの城として今回訪れたのは、兵庫県丹波篠山市の「金山城」だ。
1582(天正10)年6月2日、本能寺で見事、信長を討ち天下を奪ったのも束の間。それからわずか11日後、山崎の戦いで秀吉に敗れ、落ち延びる途上で落武者狩りに遭いあっけなく死を迎えてしまった明智光秀。信長の家臣だった時代、彼が最も功績を残したのが丹波攻めだった。
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明智光秀による丹波平定のリベンジ戦の拠点
黒井城を拠点とする荻野氏と、八上城に籠る波多野氏。丹波の反信長勢の二大巨頭との争いが、光秀による丹波攻めのクライマックスだ。1575(天正3)年、黒井城を攻めた光秀は戦況を優位に進める。しかし、当初は味方だったはずの波多野氏が裏切り、荻野氏側についてしまう。光秀勢は総崩れになり大敗を喫する。
その3年後、荻野氏の当主で「丹波の赤鬼」とも呼ばれた直正が病没する。これを好機と、光秀は再び黒井城を攻める。その際、陣城(前線基地)として築城したのが金山城だ。
金山城が位置するのは、敵の二城のほぼ中間地点。両者に睨みを効かせるにはこれほど相応しい場所もない。
そしてこの城の直下には、両城を結ぶ鐘ヶ坂の峠もある。峠の北側から見上げると、金山城にあるという奇石「鬼の架け橋」が遠望できる。
直線距離で1km弱ほど離れているはずだが、奇石の「穴」がはっきりとわかる。いったいその実態は、どんな風になっているのだろうか。城とは別に、それも気になる。
尾根に出るまで延々と続く登り道
登城口は峠の南側の集落、追入。ここから金山城まで比高(麓からの高低差)は290m。個人的実感としては、比較的安心して登れる山城は比高100mまで。200mを超えると結構キツイ。300mともなると相当に堪える。
これは覚悟して登らねば、と気合を入れ直し、登城口があるはずの追入神社の境内を探すが見つからない。神社のすぐ南あたりのはずなのだが……。たまたま通りかかった集落の方に尋ねると境内ではなかった。神社から20mほど南に離れたところにあり、きちんと看板も出ていた。
道はしっかりしており迷いようがないが、尾根はまだまだはるか頭上。というか見えないが、比高を考えれば仕方ない。しばらく進むと石鳥居が目の前に。獣除けの柵を開閉し先へ。
鳥居脇の看板には「金山城跡まで1千m」の文字。「げっ」と思うが仕方ない。距離だけでなく、目の前の登山道も、ここまでよりも勾配を増している気がする。しかし、とにかく登るしかない。







