現在放送中のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』。ゆかりの城として今回訪れたのは、鳥取県鳥取市の「鳥取城」だ。
“餓(かつ)え殺し”と恐れられた凄惨な兵糧攻めの舞台。前線基地から敵の本拠へと突入するルートを実際に歩き、戦国期における“秀吉の城攻めの集大成”を垣間見る圧倒的な遺構の数々をたどって見えてきたものとは――。
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『豊臣兄弟!』で描かれなかった秀吉の重要な城攻め
生涯で数十もの戦に参戦し大半で勝利した秀吉。なかでも城攻めにおいては無類の強さを誇り、大河ドラマ『豊臣兄弟!』でも、三木城、上月城、備中高松城の戦いが描かれた。しかし、ある重要な攻城戦が描かれていない。
それが1581(天正9)年に勃発した、第二次鳥取城の戦いだ。「餓え殺し」とまでいわれた凄惨な兵糧攻めは、秀吉の攻城戦の集大成ともいえる。兵糧を買い占め、補給路を断ち、大軍で完全に包囲する。秀吉の着陣から3カ月後には、城主・吉川経家(つねいえ)は自刃により決着となる。
今回はこの鳥取城を攻めてみたい。秀吉本陣の太閤ヶ平(たいこうがなる)からスタートし、経家が籠った鳥取城の「山上ノ丸」へ。前線基地から敵の本拠へと突入するルートだ。
規格外のスケールの陣城・太閤ヶ平
鳥取城からほぼ真東、直線距離で約1.5kmの位置にある太閤ヶ平。麓からの比高(標高差)は250mあり、舗装道を車でアクセス可能だが、筆者は徒歩で、車道ではなく仙石秀久らの陣城が並んでいる尾根道を登った。
太閤ヶ平は、数ある陣城の中でも空前の規模といっていい。
主郭だけでも一辺50mもあり、しかも周囲はほぼ丸々高土塁と空堀で完全に覆い尽くしている。
高土塁&空堀の外周部、直角よりやや鋭く見える鋭角ぶりが素晴らしい。
土塁の内側はどうなっているのか、気になるので主郭内へ。すると他の城では見たことのない不思議な光景が目の前に現れた。





