「あ、自分って今ヤバい状況なんだ」入院中に涙を流した理由

――いわゆる閉鎖的な空間だったんでしょうか?

鈴木 ベッドから少し離れた場所には窓がありました。でも、腕には点滴を付けられているし、脈拍などを測るモニターも付いていたし、1人では立ち上がれなかったので、窓の外は見に行けなかったですね。

――どのような入院生活を送っていたんでしょう?

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鈴木 最初の5日ほどは、点滴を打つだけの生活でした。種類は様々で、血流を増やす薬や、ストレスによって血管が縮まるのを防ぐための薬も打っていたと聞きました。だから、入院中は改造人間みたいな感覚でした。

 その後、頭痛などの症状がやわらいできた頃に、リハビリがはじまって。毎日、脳こうそくが悪化していないかどうかの検査と診察の合間に、1日3回、リハビリがありました。

――入院中には毎晩、悪夢を見ていたそうですね。

鈴木 はい。退院後も、2週間ほどは見ていました。私がどこかで迷っている夢で、場所は毎回違うんですけど、最後は絶対に自分が倒れて死んでしまうんです。見るたびに起きたら汗だくで「またか」と思っていました。

 夜中になると、色々と考えてしまうんです。日中は、先生や看護師さん、リハビリの先生、それから、家族もお見舞いに来てくれるので寂しくはなかったんですけど、夜中は孤独だし、ふと「あ、自分って今ヤバい状況なんだ」と考えてしまって、自然と涙も出てきました。

「こんなに人ってあっけなく死んじゃうのかな」

――涙を流しながら、何を考えていたんでしょう?

鈴木 アイドルはもう難しいという状況になってしまって。それがすごくショックで。先生とも相談した結果、今は治療に専念するべきだという結論に至ったんです。

 でも、私にとって一番やりたかったのはアイドルだったし、「いつ治るか分からない」という不安と、「いつまでこれが続くんだろう」という不安も頭をよぎっていました。

 それに当時は、ファンのみなさんに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 

――その気持ちを、わずかでも吐き出す機会はあったんですか?

鈴木 なかったですね。入院中は、自分の中に溜め込んでいました。常に死がそばにある感覚だったし「こんなに人ってあっけなく死んじゃうのかな……」とも思っていました。

撮影=榎本麻美/文藝春秋

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