男には誠実さが求められた

『シマの話―風俗・明治の沖縄』(佐喜真興英/沖縄書籍販売社)という本に「承諾、紹介なければ如何程の財産あるとも、容易に楼に登る事を得ず」とあるように、ジュリを愛人として迎え入れるためには、遊び人の知人などに仲介の労を頼み込むことが一般的だった。

 だが、たとえ紹介があったとしても、男には誠実さがいちばんに求められた。地位やお金にものを言わせてジュリをものにしようとすれば、門前払いを食らわされるのが常だった。

 多くの苦労の末にジュリを手に入れても、男側にはエチケットが求められた。金銭の授受にしても、ことが終わりジュリが寝た後に、そっと枕の下、座布団の下、お盆の下などにお金を置くというのが約束事になっていた。

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 そんな辻遊郭には、前述したようにさまざまな階層の男たちが訪れていた。そのためか、現在の常識では考えられないほど、その存在を黙認されていたようである。

 たとえば、大正時代から昭和の初めの頃までの那覇の中流家庭では、「弁当開き」という風習があった。結婚式を間近に控えた花婿が、仲の良い地元の先輩や友人を辻遊郭に招き、高級料理やお酒でもてなす行事のことである。

 弁当開きにおいて、先輩たちは結婚生活の大変さや沖縄の男性としての在り方・心得を教え、友人たちとは挙式の際の余興の打ち合わせなどを行い、飲めや騒げやの大騒ぎをしていた。