――2021年には、つんく♂さんによる楽曲『All Together 限界超えよ!』でメジャーデビューを果たしました。夢が現実になった瞬間は、どのようなお気持ちでしたか。
中原 本当に、あっけに取られました。実はクラウドファンディングの募集には、「メジャーデビューできます」とは一切書かれておらず、私たちが知っていたのは、「つんく♂さんに楽曲を書いていただける」ということだけでした。
オーディション後、つんく♂さんの会社で約1年間活動をサポートしていただき、定期的にYouTube番組へ出演していました。ある日の配信で、いわゆる『ASAYAN』のような演出が始まり、「メジャーデビューが決定しました」と突然発表されたんです。本当に何も知らされていなかったので、「えーっ!」と大声で叫びました(笑)。
「いくつになっても輝ける」というメッセージを届ける楽曲を歌うプロジェクトだとは思っていましたが、まさかメジャーデビューにつながるなんて夢にも思っていませんでした。あの日の喜びは今でも忘れられません。
看護師からアイドルへ驚きの転身、家族や友人の反応は?
――ちなみに、本格的にアイドル活動を始めることについて、ご家族に打ち明けたのはどの段階だったんでしょうか。
中原 家族にはデビューが決まった段階で相談しました。広く世に出るものなので、「大切な家族が、私のせいで周りから変なふうに思われたらどうしよう」という気持ちもあって。もしかしたら反対されるかな、とも思いましたが、家族からは、「よかったね! 頑張ってね」と言ってもらえて、今ではライブにも足を運んで応援してくれています。
――ご友人など身近な方々は中原さんの挑戦をどのように受け止めていたのでしょうか。
中原 デビュー当時は、つんく♂さんのお名前があったこともあり、ニュースなどで取り上げられる機会も多く、「本当にアイドルになるんだ」と驚かれることもありました。でも、昔から私を知っている友人たちは、「昔からぶっ飛んでいたから、さくらならできるんじゃない?」「いきなりアイドルデビューするなんて、さくららしいね!」と、ごく自然に受け入れて応援してくれました。
――30年間、看護師だった中原さんが芸能界へ飛び込んで、最初は戸惑うことも多かったのではないでしょうか。
中原 長年看護師として働いてきたので、芸能界の専門用語はまったく分からず、本当に未知の世界でした。「アー写って何?」というところから始まりました。でも、分からないことを問い合わせるのも何だか恥ずかしくて、自分でインターネットで調べて、「ああ、アー写って『アーティスト写真』のことなんだ!」と、一人で納得していました(笑)。

