『ミッドウェイ海戦』(大木毅 著)

 太平洋戦争の開戦から約半年後の1942(昭和17)年6月に起こったミッドウェイ海戦は、日本軍の快進撃を終わらせ、戦局の転換点となった海戦としてよく知られている。しかしこの戦いがなぜ起こり、その後の戦いや日本人の戦争観にいかなる影響を与えたのかはよく知られていない。戦後80年を過ぎてようやく、この問いに明快に答えてくれる本が現れた。

 本書の美点は「語り下ろし」という形式をとっているため、あたかも碩学の良質な講義を聴いているかのように、内容がすっと頭に入ってくることだ。その語りはまず、連合艦隊司令長官・山本五十六(やまもといそろく)の人物像の解説からはじまる。現場指揮官の山本は海軍の作戦全般を統括する軍令部と対立していたが、一種の博打として敢行した真珠湾攻撃が大戦果を挙げたため、軍令部もその威光に遠慮せざるをえなくなっていた。かくして山本は、もともと勝ち目の薄い対米戦争を早期に終結させるため、積極的な攻勢作戦を続けて行った。

 その一環であるミッドウェイ海戦はよく、緒戦の勝利に浮かれた日本海軍機動部隊の慢心で負けたと言われる。本書は具体的にどのような慢心があったのかを、同海戦より前に起こったいくつかの海戦から解き明かす。偵察機の索敵はずさんで、暗号は米国側に解読されていた。海戦の前から情報は軽視され、貴重な戦訓は省みられなかった。

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 興味深いのは山本の人を見る目のなさだ。とくに見識や才能があるとは思えない参謀を重用した結果、米空母をおびき出して撃滅し、あわせてハワイ攻略の足がかりとなるミッドウェイ島を占領するという、まさに二兎を追うような作戦が立案されていった。これを承認した山本の責任は大きいといわざるをえない。戦いは、負けるべくして負けたのである。

 本書のもう一つの美点は、海戦の敗北で話を終わらせるのではなく、その責任が海軍の関係者によって巧妙に隠蔽されていく過程を詳細に描いたことだ。

 日本軍の損害は戦中の大本営発表では大幅に割り引かれた。戦後、機動部隊の参謀だった源田実(げんだみのる)らは「運命の5分間」すなわち米軍機の来襲があと5分遅ければ味方艦隊の大損害は防げた、敗北は運が悪かったにすぎないという物語を作り上げた。それは戦後日本社会に広く受け入れられていくのだが、やがて作家・澤地久枝(さわちひさえ)の労作『滄海(うみ)よ眠れ』により、虚構であることが明らかにされていく。

 源田たちの努力の結果(?)、日本海軍という組織は1990年代ごろまで、企業経営者たちが見ならうべきお手本として、ある種の雑誌などでもてはやされていた。そうした風潮は廃れて久しいが、本書には情報の軽視、人材登用の失敗、戦略の曖昧さなど、現代人が負の教訓とすべき物事が多々含まれていると感じた。今こそ多くの人にお薦めしたい一冊だ。

おおきたけし/1961年、東京生まれ。現代史家。『独ソ戦』で新書大賞2020大賞を受賞。主な著書に『「砂漠の狐」ロンメル』『戦車将軍グデーリアン』『天才作戦家マンシュタイン』『「太平洋の巨鷲」山本五十六』『ドイツ軍事史』『指揮官たちの第二次大戦』など。

いちのせとしや/1971年生まれ。埼玉大学教養学部教授。専門は日本近現代史。著書に『東條英機』『〈国防〉の日本近現代史』など。

ミッドウェイ海戦 (文春新書)

大木 毅

文藝春秋

2026年6月19日 発売